元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第1894回
いのちに対する「医師の無神経」

3年前、突然、血液のガン=急性骨髄性白血病と診断され、
骨髄移植を克服して
奇跡的に生還した花井陽光さんが、いま正食協会の
機関誌「むすび」誌に50代からの
「ついのすみか(終の棲家)」
探しについての
連載を始めているという話の続きです。
10月号には、なぜ、花井さんが
退院後の生き甲斐として
「ついのすみか」探しのテーマを選んだか、
その闘病克服の経緯が
「骨髄移植は間違っていたのでしょうか」と題して
詳しく書き綴られています。
その続きを紹介しておきましょう。

           *

《化学療法や骨髄移植への非難》
入院生活のため拠点を東京から豊橋市、
退院後は岡崎市に移しました。
引越しを終えたある日、以前から親しくしていた
県下で開業する医師を尋ねました。
旧交を暖めることだけが目的でした。
しかし、医師の発した言葉は耳を疑うものでした。
「日本CI協会の専務理事ともあろうものが、
化学療法や移殖をするなどもってのほか。
食養で治すべき」
という趣旨でした。
こうした半ば非難と侮蔑をこめた言い方は
かつて日本CI協会関係者の葬儀の席で
何度も聴かされたことでした。

「食養やってがんになるなんておかしい」
「チョコレート食べてたらしいよ」「酒飲んでたからね」
物知り顔で死者に鞭打つ言葉を遺族の前で
平然と言い放つ無神経ぶりに疑問を持ちました。
医師よ、お前もかという印象を受け、
淋しくもあり同時に深く傷つきもしました。

かつては誰しもが通過するように
食養を万能だと信じていた時もありました。
しかし、万能ではない事実も沢山見てきました。
入院当初、自然療法系の医師から
白血病は疲労とストレスが原因だから病院を早く出て、
ゆっくり寝ていれば治るとも言われました。
抗がん剤などの化学療法は身体を痛めるだけだともいわれました。
自然療法に携わる者の多くが
西洋医学は病人の敵という認識が少なからずあることも
理解できましたが、
余命いくばくもない患者に
ごくわずかな臨床例すら持たない者からの提案には
到底乗れるものではありません。

《病気は人生観転換の信号》
こうして振り返ると病気は単なる体の故障などではなく、
人生の転機なのかもしれません。
1年6ヶ月にも及ぶ入院生活は、
自力ではいかんともしがたい運命の力を思い知らされ、
同時にこれまでの傲慢不遜な生き方を
深く反省する機会ともなりました。
おそらく大なり小なり
誰にも公平に反省の機会は訪れているのでしょう。

警戒信号を何度も見落としてきた結果、
大きな戒めを受けることになったのです。
本当はそれぞれのイノチを最優先して
物事を組み立てなければならないはずでした。
それがいつの間にかイノチの大切さを忘れ、
仕事や地位やお金を優先してしまう
ものの考え方になってしまったのです。

かつて、「ついのすみか」作りを夢想していた頃がありました。
つい=終、すみか=住処で終生を過ごす場のことです。
その当時は、沖縄や北海道といった
どこか現在の住まいとは違う場所で
違う人生を送ろうという発想でした。
でも、長期入院という初めての体験に加え、
新しい街に住み始めてみると、
いろんなことに気づかされました。

         *

白血病という難しいガンに直面し、
いのちの深奥を覗き見た花井さんならではのホンモノの人生観が
切々と綴られています。
一度、読んでみてください。


1 http://tsuinosumika.blog113.fc2.com/blog-category-0.html


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2007年11月3日(土)

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