元週刊ポスト編集長・関根進さんの
読んだら生きる勇気がわいてくる「健康患者学」のすすめ

第2075回
ガンとボケ、「二世代闘病、なんのその!」

この10年延命できたことは
たしかに悪運にも見舞われたが、
本当に幸運な10年だった――、
ガンは「あわてない、あせらない、あきらめない」=
「3つのA」をしっかり身につけて、
スローヘルスな養生法に励もう――、
拙著「ガンは宿命癒しは運命」は、
「あわてない、あせらない、あきらめない」=
「3つのA」を目指して、
僕のガンと老母のボケ(認知症)という
二世代闘病を乗り切って行く、
10年前の同時進行ドラマだった――。

その「母より先に死ぬわけにはいかん!」
という章のさわりの部分を抜粋しよう――
という話の続きです。
(ちなみに、以下、文中「おばあちゃん」と呼ばれるのが
わが老母のことで、わが家では孫と一緒にこう呼称で通していた)

          *

「おばあちゃん、僕がわかるかい?」というと
「息子だよう」とちゃんと答える。
ひょっとするとボケていないのではないかと期待するが、
看護婦さんが「何番目のお子さん?」と聞けば
長男の僕をつかまえて「三番目だよう」と返してくる。
「わたしら、兄弟だからね」といわれて
僕の頭の中はチリチリに乱れた。
「おばあちゃん、違うでしょ」と妻が合いの手を入れると
「そんなこと、どうでもよろしい」とやり返す。

仕方なしにまたシュークリームを千切って口元に持っていく。
「最高に美味しいです。お世話になります。
ありがとうございます」と声を張り上げる。(略)

それでも『母はボケ、俺はガン』という
ちょっとエグイ題名の本を書いたとき、
週刊誌の書評子が
「ボケよりガンの方がまだマシではないか」と
鋭い筆法で問題提起をしていた。
頭がマダラにボケたり、糞小便を垂れ流したりしての
100歳、80歳も勘弁願いたいものだが、
60歳で訳のわからん
メスや疼痛にしびれる抗癌剤を浴びて、
この娑婆とサヨウナラというのはなんとも口惜しい。
とにかく養生に勝るものはないわけだ。(略)

         *

このちょっとユニークで明るい性格のわが母は、
もう5年ほど前に、88歳で大往生させていただきました。
僕の方は、おかげさまで、
いまは「あわてる」ことも少なくなって、
ゆったりと過ごさせていただき、
やりたい仕事もほぼ尽くさせてもらったわけです。

しかし、もう一つ、
僕には「50代で死んではならん!」
と気持ちを高めた事件と言うか「運命」を持っていたのです。

じつは、いまからはもう25年ほど前の話になりますが、
たった一人の姉が49歳で急逝していたからでした。
この本には、老母の記録の章に続いて、
姉が急逝したときの悲しみを思い出すくだりがありますので、
続けて、その部分も抜粋紹介しましょう。

それは――「人の命なんど短きや」
姉は四九歳、くも膜下で急逝した――と題する話です。
いうまでもなく、人生はいろいろですが、、
まさに「運命」とは過酷で、
一寸先の分からないことだらけです。
しかし、不幸をバネにして「運命を切り開く」パワーも
人間って秘めているものなのですね。


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2008年5月2日(金)

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