第624回
日本と中国の人件費の差を利用した翻訳ビジネス

私が丸紅の北京支店で働いていたとき、
支店内で中国関係のニュービジネスに関する
懸賞論文の募集がありました。
私はそこに「日本と中国の人件費の差を利用した
翻訳ビジネス」という、
いかにも単純なビジネスプランを提出しました。

当時、中国は世界の工場ともてはやされ、
日本の1/20の人件費を求めて、
多くの日本企業が中国に工場を作っていました。
こうした第二次産業の考え方を
第三次産業にも応用できないか、
というのが発想の起点でした。

当時、日本で中国語・日本語間の翻訳をすると、
仕上がり言語400字当たり5,000-6,000円が相場でした。
これに対し、北京の翻訳業界の相場は
仕上がり言語1,000字当たり
200元(3,000円)前後ですから、
400字当たりに直すと1,200円、
日本の1/4-1/5の値段です。

日本で600円のランチを食べている翻訳者と、
中国で10元(150円)のランチを食べている翻訳者が、
同じ品質の翻訳をできるのであれば、
丸紅が間で50%の利益を取っても、
まだ日本の相場の半分の値段で
翻訳サービスを提供することができる。
この価格競争力をもってすれば、
日本の中国語翻訳市場を席捲できるのではないか、
というのがこの論文の主旨でした。

他にこれといった
ビジネスアイデアが出てこなかったせいか、
この論文はやすやすと優秀賞を取り、
私は賞金3,000元(45,000円)を手にしました。
これで「自分にはビジネスのセンスがある」と
勘違いをしてしまった私はその後、
ヒマさえあれば中国ビジネスのプランを
考えるようになり、それが高じて本当に
中国で起業するに至ってしまったのでした。

こうした経緯で起業した私は、
会社を立ち上げた後、当然、
中国語・日本語間の翻訳も
業務内容のメニューに入れました。

比較的受注しやすい翻訳の仕事で
日本企業の信用を得れば、次のステップである
「中国駐在員事務所代行サービス」への導入も
スムーズにできるのではないか、
という目論見もありました。

私は早速、何社かの地元翻訳会社に
400字前後のテスト翻訳をお願いしました。
出来上がってきた翻訳文を見ると、
各社ともそこそこの品質でしたので、
当社では最終チェックのみで大丈夫だ、
という目処も立ちました。

そして実際に翻訳の営業を始めてみたところ、
ありがたいことに何社かの日本企業から
仕事を頂くことができました。
出だしから順風満帆かに見えた当社の翻訳事業ですが、
その前途には恐ろしい落とし穴が
大きな口をあけて待ち受けていたのでした。


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2006年10月18日(水)

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