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3.その方の名は

私はいよいよあせり、冷汗も出てきたときにふと大事なことに気づきました。
当店ではお客様にお飲み物をお出しして、
飲みながらリラックスした状態でお話させていただくというのが
いつものサービスなのですが、
誰よりも自分が一番緊張してしまったためにそれすら忘れていたのでした。

「お客様コーヒーと紅茶とお茶がございますが、どれになさいますか?」
とお聞きしたところ、
「僕は外ではコーヒーは飲みません。」と言い、
「今僕は雲南省でコーヒーを栽培しているのです。」とおっしゃいました。
そしてその方は笑顔で雲南省にあるコーヒー農園のお話や、
北京での三全公寓のマンションのお話、
成都市の中心にあるイトーヨーカドーのお話などをしてくださいました。
私は一体このお方は何のご商売をされていらっしゃるのかまったく見当がつかず、
ただ理解できたのは、自分とはまったく別世界の話で、
自分にとってはまったく想像がつかないものの、
その方の笑顔でお話をしてくださる雰囲気、内容にとても惹きつけられたことでした。

「ではそろそろ行きましょうか?」と秘書の方に言い、
席を立ち上がろうとしたので、あわてて
「すみません、名刺を交換させて頂いてもよろしいでしょうか?」と言うと、
秘書の方が名刺をくださいました。
そこには「邱永漢」の名前がありました。
「君は僕のことを知っている?」と聞かれ、
私は「申し訳ございません。
大変お恥ずかしいのですが勉強不足で存じ上げません。」
とおそるおそる言いました。
すると「インターネットで9393と入力すればわかりますよ。」
とやさしく教えてくださいました。
そして笑顔で颯爽とお店を後にされました。

それからすぐにネットと本を調べたことは言うまでもありません。
また、それらを見れば見るほどすごい方とお話させていただいたのだ、
と後になって汗が吹き出たことも言うまでもありません。
今思えば邱先生の興味はジュエリーでも、東京でも、日本でもなく、
中国の夢と希望と未来のあるビジネスで、
それらの事や、ましてや本人すら知らずに話しをしていた自分の世間知らずぶりに
今更ながら呆れてしまいます。

その日の夕方、秘書の方から突然電話があったのです。

(続く)


2008年7月23日 <<前へ  次へ>>