〜まえがき〜

私の家の食事に邱飯店という名をつけたのは、文塾春秋の社長池島信平さんであった。どんなに忙しくても、私が招待の電話をかけると、必ず都合をつけ、ご自分や奥さんだけでなく、「あの人を連れて行ってよいか」「この人も連れて行ってよいか」とゾロゾロ友人をつれて来られた。老大家や今をときめく流行作家の中にも食いしん坊は多いから、「よォ、邱飯店に行こう」と池島さんが誘うと誰でも喜んで私の家にメシを食いに来た。

といっても、私の家は誰でも来られるわけではない。先ずイチゲンさんは入れない。それからどんな料理を食べても、お金はとらない。その代わり食べている間、仕事の話はしない。またどんなに忙しい人でも、中座してはいけないし、電話の呼び出しに席を立ってもいけない。洋の東西の無駄話にふけり、料理を楽しむだけの一夕である。

こういう食事の会を狭い我が家でやっているうちに、三十年の歳月がたった。家も五回かわり、今住んでいる家は新しく建てた家をまた建てなおした。我が家に足を運んでくれた人たちも池島さんをはじめ、多くの人たちがあの世に行ってしまった。この作品を「週刊ポスト」誌に連載した時、有名な作家の名前をあげたら、若い編集者がその名を知らず、「何をしている人ですか」ときかれたのには往生してしまった。
文章の生命は長いというけれども、後世に残るものは万に一つもありはしない。文章よりは食欲の方がずっと長い。本はすぐ読まれなくなってしまうけれど、お腹はいつもすいている。だから食べる話をすると、皆、目を輝かせる。おいしい料理に楽しい話題が加われば、それが最良の消化剤になる。我が家におけるその記録がこの本である。消化剤とまで行かなくとも、清涼剤の役割をはたしてくれれば、とても嬉しい。


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