ガンを切らずに10年延命-関根 進

再開!元週刊ポスト編集長の目からウロコの体験秘話!

第12回
「雨にも負けず 風にも負けず」

もう少し、「ガンを切らずに」退院したときの
僕のエピソードを語らせてください。

もちろん、治療選択の迷いは絶えずあり、
再発と転移の不安は、いつもついて回りました。
寒い冬などは、放射線の食道腔内照射(ラルストロン)で受けた
後遺症で、よく傷跡に疼痛が走りました。
蒸し暑い梅雨時にも、骨が痛い、患部が疼く・・・、
体調異変にうめいたこともありました。

「やはり、肋骨をはいで手術してもらったほうが
良かったかなあ」、
「中には助かって元気に回復した患者もいた」・・・。
ときに、スワッ?再発か転移かと慌てふためいたものです。
いずれの治療法を選んだとしても、ガン患者とは悲しいものです。
筆者にしても手術を避けた分、
放射線照射治療をたっぷりと受けましたから、
被爆量は人1倍でした。

その患部の「ただれ傷」の後遺症で、
なんど食道が引き攣れたか分かりません。
宮沢賢治の有名な詩ではありませんが、
「雨にも負けず、風にも負けず〜」
「日照りのときは涙を流し、寒さの夏はおろおろ歩き〜」――
まさに、こんな心境で過ごしておりました。

いまは贅沢な話ですが、
信頼する主治医が二人に恵まれたことになります。
帯津良一(おびつりょういち)医師が日本の主治医とすれば、
複合漢方薬・天仙液の開発者・王振国(おうしんこく)医師は
中国に行ったときの主治医です。

退院後、2ヶ月たってからの夏、
こんな症状に脅かされたこともありました――。
風呂から上がってくると、
「パパ、大変だよ。背中に茶色い帯が浮き出ているよ」
と妻がいいます。
食道腔内に照射した放射線が筋肉や背骨を突きぬけて、
背中に被爆帯が30センチほど染み出したわけです。

いまさら、大学病院に泣きつくわけにもいきません。
いろいろ、思案した末、「奇跡よ、再び」と思い立ち、
中国の複合漢方薬・天仙液の本拠地まで行って、
開発者・王振国医師の診察を受けようと決心しました。

さあ、天仙液の本拠地といっても中国の東北地方(昔の満州)の
それも北朝鮮と国境を挟む霊峰・長白山(ちょうはくざん)の麓に
あるというではないですか?
しかし、明日のいのちにすがろうとする
患者力、いや患者の馬鹿力とは恐ろしいものです。
今思い起こしても我ながら呆れます。
北京でベンチャー事業をやっている友人に
王振国医師の病院を調べてもらい、
中国で特別診察を受けるアポイントをとってもらったのです。

成田―北京―長春と飛行機で一気に飛び、
延々と続く高粱(こうりゃん)畑の大平原を600キロ、
ワゴン車で駆け抜けて5時間!
とうとう、緑の丘の上にお城のようにそそり立つ
赤い屋根の天仙液の工場にたどり着いたのです。


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2008年11月28日(金)

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