ガンを切らずに10年延命-関根 進

再開!元週刊ポスト編集長の目からウロコの体験秘話!

第146回
書評!ドストエフスキーの新訳

「ときめく――生き方上手は逝き方上手」――と題する
帯津医師と僕の「長編対談」
(月刊「むすび」誌3月号掲載)の話は
まだまだ続きますが、ちょっと息抜きに、
最近、贈られてきた話題の本の話をしましょう。

僕の敬愛する人生の大先輩の中に、
ことし90歳を迎えられた
作家の安岡章太郎さんがおられます。
もう、執筆はなさっていませんが、
ご家族の温かい介助に支えられ、自適に過ごされています。

さて、その令嬢の安岡治子さんとも
親しくお付き合いをさせていただいていますが、
治子さんは、いま東京大学大学院の教授で、
ロシア語とロシア文学に、
もっとも造詣の深い学者の1人として活躍されています。

ロシア文学と言えば、いまやドストエフスキー。
安岡教授の名訳
「地下室の手記(光文社古典新訳文庫)」については
まえに、このコラムでも紹介したことがありますが、
こんどの訳本は、
「貧しき人々(光文社古典新訳文庫)」です。

ちなみに、ドストエフスキーといえば、
「貧困と差別」の中で、人間は、なぜ悪を犯すのか? 
という、重厚なテーマを追求し続けた人です。
「カラマーゾフの兄弟」や
「罪と罰」という長編小説で有名ですが、
この24歳のデビュー作「貧しき人々」こそ、
ドストエフスキーの作風の起点であり、
その「魂のルーツ」ともいうべき作品を
安岡治子さんが鮮烈な筆致で新訳されたというわけです。

風采のあがらぬ中年の下級役人と天涯孤独の若い娘が、
「極貧と差別」にうちひしがれながらも、
必死に励まし合って生き抜いていく、
いわば「魂の往復書簡」なのですが、
流麗な訳文のためでしょう。
思わず、グイグイと引き込まれるように
一気に読んでしまいました。

いま、日本の政治やメディアの世界で、
「貧困と格差」の是正が声高に叫ばれていますが、
ドストエフスキーの小説の世界を垣間見れば、
僕たちの論議している「貧困や格差」とは、
いかに「恵まれた」部類に属するものか?
と、思わず考え込んでしまうはずです。

「貧困と差別」、
そして「屈辱と恥辱」の泥沼を這いずり回りながら、
ただひたすら、わずかな金を工面し合う、
そして、ひたむきに互いの心の傷をいやし合う――、
筆舌を絶する瀬戸際の人間群像が綴られていくわけですが、
その行間には、人間なら、本来持っているはずの
「自己犠牲に徹する生き方」
「魂の崇高さ」「愛の奥深さ」を思い起こさせてくれますから、
この処女作が名作であり、
こんどの訳本が高評されるゆえんだと、僕は感じました。

また、読み方によっては、
東方キリスト教会独特の「神の存在」と
その慈悲、無慈悲を感じる人もいるでしょうし、
とくに、小説の後半、とうとう、
金持ち男との「結婚」を決意した娘が、
書簡を交わしてきた男に、
じつに「ドライ=冷徹」な手紙を送る場面――、
このあたり、いかにもドストエフスキーらしい
深くて鋭い人間観察です。
思わず、「うん、なるほど」と、
女性の心理の奥深さを感じる人もいるでしょう。
とにかく、名訳です。 一読をすすめます。


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2010年5月26日(水)

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