第2回
なぜだ! なぜ胃を切ったのか?
今回、新装連載を始めた
≪[末期ガン]と向き合う!≫は、
いわば、末期ガン患者の同時進行ドラマですから、
結果、うまく運ぶか、途中また、緊急入院となるのか?
はたまたお陀仏となるのか?
これは、寿命をつかさどる神のみぞ知る、天命次第のことですが、
これだけ、多くの方々がガンに悩まされる時代ですから、
複雑に錯綜するガン闘病の1つのケーススタディとして
微力ながら治療養生の参考の知恵として
供することが出来れば思い、筆を執ったこととなります。
帯津三敬病院の担当主治医は鈴木毅副院長。
10月19日に行われた胃下部の巨大腫瘍を切り取り、
胃の2/3を切って小腸とつなぐ接合手術は見事に成功でした。
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帯津三敬病院
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鈴木医師は少荘気鋭、メスさばきの秀逸さは無論こと、
治療の決断の速い、
じつに快活にして頭脳明晰な外科医ですから、
わが身の術後の回復も驚くべき早いものでした。
昔、僕は、下腹の脂肪のコブを切除する
小さな手術を受けた縁がありましたから、
すべては信頼して任せて居りましたが、
有難い先生と縁があり、本当に幸運でした。
いま、もちろん、臍の上、12センチほどの開腹傷は
綺麗に回復しつつあり、
腹の中に残された1/3の胃と小腸を
結んだ傷跡が、食物が通る度に、ときどき疼いております。
さて、ズバリ、この夏、秋の体の急変不調は、
「食道ガンを切らずに延命12年」の総決算に突き付けられた
「油断大敵」=いのちの慢心への警告のメッセージでもありました。
誰しもに寿命が来ます。
いくら努力・養生の末といっても、
とくに、末期ガンを宣告されたガン患者がそうそう、
順風満帆に「元気で長生き」を続けられるはずはありません。
もう、昔の話のようにさえ思えますが、
ご存じのように、僕は、厳冬の12年前、
手術成功率20%といわれるむごい食道ガン手術を拒否して、
「放射線+抗ガン剤」そして、
「天仙液+SOD」さらに退院後、漢方煎じ薬、
マクロビオティック食養生法といった代替療法を組み合わせ、
心身全体の生命力アップの向上に努めつつ、
幸運にも12年間、元気に過ごさせて貰ってきたわけです。
ガンから生還するには、激しく闘うばかりでなく、
上手に折り合うことが大切だと、
身にしみてわかった12年でした。
ガンを恨むというより、
ガンさんからは多くのいのちのメッセージを貰い、
生きる知恵をたくさん教えてもらった12年と
いってもよいものでした。
しかし、なぜ、今回、突然、窮地に陥ったか?
「なぜだ、なぜだ?」
「手術拒否で生還した患者が、
なぜ、こんどは胃ガンを切ったのか?」と
見舞客たちが盛んに詮索したがりましたが、
それは、部位の違いあり、手術の難易度も違いますから
一概に理由は分かりません。
いろいろな心身の悪条件が重なったため、
意想外の惨事が起こったとか説明できませんでした。
僕の体の中では、
不思議なことがまだまだ起こっておりました。
検査では、12年間たっても「食道ガンは再発」の様子もなく、
いわば「完治」状態というのですから、
まさにガンはミステリアス。
そうそう、軽々しく、ガンの原因や理由など医師でも
解説・究明など出来ない。
それも真実なのでしょう。
また、既に書いたように、今回の検査診断の結果は、
ざくろのように血を噴いた巨大なガン腫瘍が、
胃の下半分に突然隆起。
食通を困難にしたという、トンでもない症状でしたから、
「ガン、切るべきか、切らざるべきか」などと
ノンキに論議をする暇もなく、日常の食生活が不能。
これでは生きてはいけん!これではたまらん!と、
糜爛した巨大腫瘍の胃の部位を切り取り、
まずは、食通を回復する選択を躊躇なく迫られた訳です。
(次回に続きます)
※ 帯津三敬病院
http://www.obitsusankei.or.jp/
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