誰が日本をダメにした?
フリージャーナリストの嶋中労さんの「オトナとはかくあるべし論」

第100回
河童一炊の夢

私は人間ぎらいで、厭世家で、
おまけに年がら年中腹を立てているような怒りん坊ではあるが、
死んでしまいたいとはつゆ思わない。
多感な青春の一時期、死に憧れたことはたしかにあった。
が、齢を重ね、
人間社会の仕組みやら何やらが多少わかってくると、
いくぶん図々しくなるものなのか、
殺されても死ぬもんか、というような、
妙に肚の据わった生き方ができるようになる。
だいいち、死んでしまったら好きな酒が飲めなくなる。

日本は豊かな国のはずだが、
反面、自殺大国でもあって、
年間三万人以上が自らの命を絶っている。
考えてみるとすごい数値だ。
毎年、モナコ公国の人口と同じ数の人間が自殺しているのだから、
その異常さがわかろうというものだ。
《人生は地獄よりも地獄的である》(『侏儒の言葉』
といったのは36歳で薬物自殺を遂げた芥川龍之介だ。
芥川は、旧友に宛てた手紙の中で、
自らが自殺する動機を「将来に対するぼんやりした不安」とした。

芥川には『河童』という奇妙な作品がある。
河童は生まれ落ちるが早いか、
いきなり歩いたりしゃべったりする。
なかには生後26日目に、
「神は存在するか否か」
というテーマで講演した子供があったというから、
まるでお釈迦様である。
河童の社会でとりわけユニークなのはお産の場面だ。
人間とちがうのは、
《父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、
 「お前はこの世界へ生まれてくるかどうか、
 よく考えた上で返事をしろ。」と大きな声で尋ねるのです》
(『河童』)。
そして、私のようなひねくれ者の胎児が
「僕は生まれたくない!」と応えると、
産婆さんが何やら管のようなものを妊婦のあそこに突っ込み、
液体を注射する。
すると風船がしぼむみたいにお腹がぺったんこになる……。

生まれるに値する世の中かどうか、
腹の中にいる状態でどうやって判断するんだ、
という疑問をもたれるかも知れないが、古人は言っている。
戸を出でずして天下を知る、と。
人間のお産も河童のようであったら、
はたして自殺は減るだろうか? 
たぶん男の場合は減らないと思う。
河童の社会は人間と逆さまで、メスがオスを追いかけ回す。
メスの家族も一緒になって追いかけ回すから、
疲れ果てて寝込んでしまうオスが多いのだという。
このオスたちが自殺を夢見ないと、誰が断言できる? 


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