「骨董ハンター南方見聞録」の島津法樹さんの
道楽と趣味をかねた骨董蒐集の手のうち

第67回
商品学(インドネシア編)
6. 海を渡った日本の陶器―
一攫千金、掘り出し物アルヨ

インドネシアには統一された王国の歴史がない。
その為かどうかこの地で陶磁器を作るよりも
色々な産地から運んだほうが手っ取り早かったようだ。
インドネシアには
中国、オランダ、ベトナム、タイなどの作品が運ばれている。
勿論陶器の一大産地日本からも
16世紀後半にはちゃんと運ばれてきている。

インドネシアは植民地時代から
古陶磁がオランダ人によって発掘され、
目ぼしい物を殆ど掘り出してしまっている。
オランダを駆逐した日本も同じく古陶磁好きだから
各地で古い陶磁器や珍しい美術品を探して持ち帰っている。
中でもインドネシアで百貨店を経営した
岡野繁蔵と言う人は
お茶に向く陶磁器を探し
日本橋の百貨店で展示会を催し、好評を得た。
それは昭和17年のことだ。
そんなわけだからインドネシアで陶磁器を探す場合
現地の人が余り関心を示さないものを
持ち帰ることが重要だ。

ジャランスラバヤ通りという
小さな骨董屋が100軒以上集まっている通りがある。
そこをお客様でもある
親しいNさんという人を案内している時のことだった。

Nさんが棚の上に乗った埃を被った
直径17,18センチくらいの壷を見つけて手に取った。
側面に太い線描きで鉄絵の簡単な草花文が描かれている。
僕は気にも留めずそのことを目端に捕らえて
他の棚に目を走らせていた。
「島津さん、これ何かね?」
彼はぴかぴかの江戸下町言葉で僕に尋ねた。
(僕にはこの言葉がどうしても表現できないので
 以下大阪弁で。真意を汲み取ってもらいたい。)

彼の手に取った壷を改めてじっくりと見た。
「なんと!ヒエー!」
                       (つづく)

 

絵唐津(桃山)

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