「いま買った洋服地、日本では売っていないのですか?」
スポーティックスやフィンテックスの布地を買いに入った生地屋の店先で、私は蔡さんにきいた。
「外国製品は日本では貴重品ですよ。これを業者の人に売っても倍以上には売れるでしょう。お客さんはそのまた倍の値段で買わされます」
「そんな高いもの誰が買うんですか?」
「いつの世も、人より金回りのいい人がいるものですよ。いまならヤミ屋さんが一番でしょう」
「さっき買ったラバー・ソール、あれもそうですか?」
「アメちゃんが来て、アメリカの風俗が日本中を風靡しているんですよ。厚いゴム底の革靴は、流行の最先端ですから、品物さえあれば、羽が生えたように売れます」
「そういう物を郵便で送っても、税金をかけられたりしないんですか?」
「家庭で使うていどの数量なら、"救恤小包"ということで無税で通関させてくれるんです」
「じゃ、ペニシリンやストレプトマイシンも少量なら通してくれますか?」
「家庭用品の範囲内なら通るんじゃないですか」
「じゃ、蔡さんのように、石油カンの中に詰めて危ない思いをするより、郵便小包にして送ったほうがいいんじゃないですか」
と私は蔡さんに逆提案してみた。
しかし、蔡さんの頭の中には、郵便小包が商売になるというアイデアがなかったから、「そんな細かいことをやったのではお金にならないよ。一か八か、仕事に賭けて大きく儲けるのが男の仕事だよ」と相手になってくれなかった。
私は一ぺん自分の頭に閃いたことをそのまま消してしまうことができなかった。なるほど郵便小包一つに詰められる商品は当時の日本のお金にして一万円ていどのものにすぎない。日本人の給料がまだ二千円か、三千円だった頃の話である。それが日本に合法的なルートで届いて、一万円が二万円になれば、そうバカにしたものでもない。月に十個送れば十万円の利益になるし、百個送れるようになったら、百万円になる。私のように小資本しか持っていない者にとっては、胸のときめくようなチャンスが目の前にころがっているように思えてならなかった。
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