工業製品が売れて、工場がもっと多くの労働者を必要とするようになり、国全体として人手不足が起ると、付加価値が低いために高い賃金の支払えない分野から、付加価値が高くて比較的高い賃金が支払える分野に、労働人口は移動し始めた。地方から大都会へ、また農業から工業への人口移動は避けられなくなり、労働の生産性のあがる分野に労働者が集中し、反対にいくら機械化しても生産性のあがらない分野で働く人がいなくなってしまった。
「農業は国の本だ。何が何でも農業を守らなければ」とか、「食糧の自給をないがしろにしたら、いったん緩急の場合、大へんなことになる」といって農民におべっかを使う議論があるが、労働の生産性のあがらない業種に労働力をひきとめておくことは、たとえ必死になっ
て奨励策を打ち出したとしても、そう長く続くものではないだろう。効率のあがらない仕事に、免税の特典をあたえたり、補助金を出したりして、他にいくらでも活用のできる労働力を釘づけにしておけば、問題の解決を遅らせるだけのことである。工業生産に見合うだけの農業技術が開発されるのでないかぎり、工業国に農業が残るのは困難であり、農業は農業生産に適した地域に任せ、工業に負けないだけの生産性の高い農業だけを工業国に残すのが効率的で現実的な政策といってよいだろう。
以上をみてもわかるように、付加価値の追求が起ると、労働資源の開発にアクセルがかかる。ただし、そのためにはそれを推進する一群の経営者が先陣を切っていなければならない。日本人の場合は、たまたまアメリカやイギリスに対して戦争を仕掛けるだけの技術的水準がすでにあって、それが敗戦によって一転して飢餓線上までおち込んだので、食うために誰もがなりふりかまわず働いた。身についた技術や学問は鍋や釜をつくるのにも役立った。食糧不足の中にあっては農業生産にも力が入った。しかし、付加価値の追求をしているうちに、工業が最も生産性の追求のできる分野であることに気づき、人手が不足すると高い賃金で全国から人を集めるようになった。それでもなお、人手不足は解決できなかったので、ついに生産手段のオートメ化によってなるべく人を使わない方向に全力をあげるようになった。人を使わなくなったら、人があまるようになると思うが、ますます人が足らなくなっていったのである。
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