横山典生  新米のベトナムビジネス物語

ベトナムの証券会社で
唯一最初の日本人社長です

第12回
眠れない時間

さて、契約書の合意が遅延して、
2008年も10月下旬になっていました。

香港の邱先生の事務所を訪問。
増資していただくか、その他の会社名義で
出資していただけないかを打診するためです。

先生は面倒なことはお嫌いで、大変ご立腹です。
「もう一度よく考えなさい。」の一言で、終わっちゃいました。
すべての方法を検討しましたが打つ手なしです。

ベトナムに戻り、現地パートナーには
状況が厳しい旨の報告をしました。
彼らからは、資本参加できなくなっても
経営支援はしてくれるか等、
悲観的な中にも、その後の対応についてまで
質問を受けるような事態です。

また帰国君がドアをたたいています。
何回目でしょうか。

ふと、目を覚ますと日本行きの便、空の上です。
藍澤證券と日本アジアグループの面々との緊急会談のためでした。

ハノイからの直行便は深夜出発して
早朝に成田(関西、名古屋行きもあります)につきます。
このときは、強い疲労感を感じていて
離陸後スーと眠りに入ったようです。

本来なら機内では
映画を楽しみにして見るたちなのですが、
この時はそんな気にもなれませんでした。
ふと、見ると、私の横(窓際)に
ベトナム人女性が座っておりました。
あまり意識していなかったのですが、
そういえば離陸の直前まで恋人らしき人と
電話でヒソヒソ話をしていたように思います。
22歳前後?あまり好みではありません。
関係ありませんが・・・。

トイレにたつと不思議な光景に出くわしました。
乗客が異常に少ないのです。オフシーズンだっけ?
ほとんど1人で座っており、
4シート使用して寝ている人もいます。

まるで新婚旅行のカップル状態で
窮屈に座っているのは私たちだけです。
この日、空の上で眠れない時間をすごすことになったのは、
業務上の心配だけではなくなってしまいました。


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2009年8月29日(土)

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