第57回
採算を無視した投資はどこかでつまずく
私は経済の成長期に、
住宅ローンを組んでマンションを買うことをすすめた。
ローン制度として確立したのは、
家を買うだけのお金を持っていない人でも
家を買えるようにとの配慮からだが、
私がすすめたのはローンを払っている間にインフレが進行し、
家の値段が何倍にも上がることが予想できたからであった。
私が私のところへ出入りする雑誌社や
放送局の記者たちに、会社からでもよし、
銀行からでもよし、足りないお金を借りて
自分の家を建てるようにすすめた昭和三十年代の後半は、
東横線の日吉駅下車五分のところにある土地は
一坪が一万円であった。
五〇坪の土地を買うのに五十万円かかったが、
三〇坪の家を建てると百万円が入用だった。
家の値段が土地の倍もかかったのである。
それがあっという間にインフレになり、
坪一万円の土地が十万円、三十万円、五十万円、
そして、とうとう百万円を超えてしまった。
建築費も上昇したが、地価のスピードには及ばなかったので、
地価と建築費の比率が逆転し、一対二だったのが二対一になり、
土地より上がるものはないという神話ができあがってしまった。
早くにお金を借りて家を建てた者ほど値上がりの恩恵をこうむり、
賃上げによる収入の増加も幸いして、
借金の返済が信じられないくらいたやすくなった。
借金をしたことのない人は、
お金が返せなくなったらどうしようとくよくよするが、
いっぺんでもこういうおいしい目にあったことのある人は、
借金をすることをこわがらなくなった。
借金の返済はインフレの進行によって意外に容易で、
かつ予定よりも早くできるものであることを
経験的に覚えたからである。
とりわけ自分の住む家だけでなく、
賃貸用のマンションをローンで買った人は、
家賃をローンの返済にあてることができたから、
頭金さえ用意すれば、あとは歳月のたつのを待つばかりであった。
たとえば、頭金を支払い十五年のローンを組んで、
十五年がたてばマンションは自然に自分のものになる。
一千万円のワンルーム・マンションに二百万円の頭金を払うと、
残りの八百万円はローンになる。
年八・五パーセントの金利として、
八百万円を十五年で分割返済する場合の月払い額は
約七万九千円である。
私が自分のオフィスの若者にすすめて買わせたマンションは、
月に七万円の家賃収入があったので、
頭金の二百万円さえ用意すれば
月に一万円程度の持ち出しですんだ。
月一万円ずつ貯金をしているつもりになれば、
大して負担ではないから、莫大な借金でもさして気にはならない。
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