第133回
「お金を使う」とは、再生産過程に戻らない使い方
「あの人は器の大きい人だ」といった言い方がある。
お金を入れる器にも大きい小さいがある。
お金を稼ぐ才能、能力を持った人というのは、
言ってみればそういう器を持った人で、
こういう人たちのところへは自然にお金が集まってくる。
なかには、あまり努力しないのに、
運がよくてたくさんのお金を手にする人もいる。
宝くじに当たるとか、競馬で大穴をとるとか、
偶然なことで大金を手に入れる人もある。
しかし、運よく大金を握っても、
それを永いあいだ自分のところに留めることができる人と、
できない人がいる。
これもやはり、その人の器の大きさと関係がある。
器が小さいと、せっかく大金が入っても、
あっという間にあふれてなくなってしまう。
お断りしておくが、この器の大小はその人の人格とは関係ない。
器が大きくても人間として品性に欠ける人もいるし、
器が小さくても人間的に立派な人はいくらでもいる。
たとえば、毎日新聞出身のジャーナリストの大森実さんなどは、
私のビルの一階から五階までを全部借りて
オブザーバーという新聞社をやっていたことがあるが、
ただの一度も契約通りに家賃を払ったことがなかった。
あるとき、ふと思いついて
太平洋大学というゼミを企画して募集したら、
大当たりをして思わぬ大金がころがりこんできた。
かつて毎日新聞の新聞記者だった大森さんは、
そんな大金を握った経験がない。
そんな大金を入れる器など持ちあわせていないのである。
すっかり落ち着かなくなって、
バーのママさんたちをいっぱい連れて
ファーストクラスの飛行機に乗ってパリへ行き、
全部パーッと使ってしまった。
はたで見ている人も感心するような
見事なお金の使い方をするのは、そう簡単ではない。
奥さんにダイヤを買ってあげるのは、
使ったことのうちにはいらない。
お金に困ったときに、
またそれを取り戻して売れるものは投資であって消費ではない。
預金と同じものである。
銀座のバーに人を連れて飲みに行く場合でも、
それが接待の意味をもつものであれば、
お金を使ったことにならない。
お金を使うとは、
「再生産過程」に戻ってこないような使い方でないと
使ったことにならない。
再生産過程に戻ってくるものは、すべて投資の一種で、
そういう意味で考えると、
大金を使いきるのはなかなか大変なのである。
何の役にも立たない連中を連れて毎晩飲み歩くといっても、
しまいには飽きてしまうから。
そう思って私が家内に、「一年に一億ぐらい使ってみようか」と
言ったら、「あなたみたいなケチが、一億円使う器ですか」
と笑われてしまった。
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