伏見緑さんが語る「あなたの知らないドイツ」

第5回
ゲーテ・ハウス

フランクフルトの街の中心部に、
ゲーテ・ハウスと呼ばれる建物があります。
旅先で立ち寄られた方が多くいらっしゃることでしょう。

18世紀のドイツの文豪、
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテが1749年に生まれ、
1775年にワイマール公に招聘されるまで過ごした家を
戦後、復元したものです。
戦時中の難を逃れた調度品が公開されています。

このゲーテが生まれた18世紀の半ば、ライン川河畔の都市、
フランクフルトでも、
中国風趣味(シノワズリー)が流行っていました。
ゲーテ・ハウスの2階には、
“北京の間”と呼ばれる客間があります。
えんじ色の絹織物が壁紙として使われていたことから、
“赤の間“とも呼ばれていました。

現在のこの部屋の壁紙は、えんじ一色ではなく
赤い屋根が見える中国庭園に
蝶が舞うモチーフの繰り返しパターンになっています。
ゲーテの妹コルネリアの女友達の肖像画中、
当時のシノワズリーな衣装の織り模様から、
再現のための壁紙の絵柄を拾ったということです。

そして3階の廊下広間にゲーテが子どもの頃に見ていたといわれる、
大きな古時計があります。ゲーテが生まれる3年前、
1746年に作られた天文時計で、時刻だけでなく、
月の満ち欠け、星座や太陽の位置関係を示す絵窓があります。
この時計には、現代の精巧な腕時計のように、
1秒よりも”細かく”
時を刻み込む機能が備わっているようには見えませんが、
少なくとも、私たちの想像以上に、
時を“大きく”刻む機能があります。

分・時間を刻む針の次に、日付け、月を刻む針、
そして“年”を刻む針があります。
今も時を刻み続け、ちょうど“2006年”を示しています。
この時計が作られてから今日までに横たわる
260年余分の歯車が備えられています。


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2006年11月15日(水)

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