伏見緑さんが語る「あなたの知らないドイツ」

第79回
ブランデンブルグ門へ

今や、外国人観光客が大挙して押し寄せるベルリン。
ベルリンと言えばこことばかりに
必ずTVに登場するのはブランデンブルグ門。
18世紀末に建てられたものの、
大戦後は旧東ドイツ領にあり、
東西に分断されたベルリンの象徴となりました。
自由に行き来できる今日、この周りには、
大型観光バスがひっきりなしにやってきて、
皆が車窓からカメラを構えて写真を撮っています。

先のような、路面電車の一件に遭遇しながら、
ようやくベルリン歩きの感覚に慣れてきたころ、
今度は市内バスで街の中心に向かうことにしました。
その日は、すぐに運転手に申し出て、
1日乗り放題の券を買ったので切符の件では安心です。

ゆっくり座って車内外を見ておりますと、
大抵の人が、プラスチックのホルダーに入った、
大きなピンク色のカードを首から提げ、
運転手に提示して乗車します。
小銭を出して乗車券を買う人があまりいません。
そのカードは社会福祉の意味合いがある、
公共交通の乗車に使える優先パスのようでした。

くねくねと小道を曲がるごとにバスが揺れ、
そして停車するごとに乗客が増えて、
ドイツにしては珍しく、たちまち満員バスとなりました。
そこに、この日は、70歳ほどのご婦人が乗り込んできて、
か細い足をゆらゆらさせながら、
必死にバスの吊り皮につかまっています。
少なくとも、そのときまでに私が知っていたドイツなら
そういう姿を見るとすぐその傍の人がさっと席を立って、
「ここにお座りなさい…」と合図を出すのが「普通」でした。

ドイツの中のごく自然な習慣という感覚で、
私は、彼女に「ここにお座りなさい…」の合図を送りました。
すると、満員バス中から、一斉にエエエエ〜ッ!?という
無言の驚愕がドッと溢れ出たのです。ギョッとしました。

でも、「あなたはそんなことをするのですか(意外)?」
「ほォ〜(感心)」が混ざり合い、やがて
「うんうん、そォかァ(安心納得)…」と笑顔で頷く人もでて、
決して、悪い雰囲気になる方向には流れなかったのです。
ゆっくり歩んで彼女は席に着きました。
そして、少し笑顔を浮かべて、あのパスを取り出し、
私に見せながら「私は身体が弱くて、目と耳が不自由です。
ですから、このパスを持っています。」
とまた、蚊が鳴くような小さな声で説明がありました。
私は「分りました」としか答えられませんでした。

あれから3年経ちました。観光客が溢れる今、
「時間」という気薬が、少しずつ
ドイツの歴史を変えているのだろうと思います。


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2007年5月7日(月)

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