伏見緑さんが語る「あなたの知らないドイツ」

第86回
こんなに素敵なアジア人もいます

フランクフルト市内のある駅で、電車の扉が開いて、
一歩その人が足を踏み入れたその瞬間、
「わぁ、この人は凄い!」と
誰もが文句無しに、心の中で思わず唸ったのです。
その車両に乗り合わせていた20人ほどの乗客全員、
女性はもちろん、男性も、
その老若、その国籍にも関わらず、
手元の書類や雑誌から目を上げて誰もが
一瞬、彼を見つめたのですから。

その人は、まだ30歳前後のアジア人の男性でした。
スターのような派手さは全く無かったのです。
むしろ実にアジア人らしい、ごく実直そうな顔に短髪。
そして、普通の人では、なかなか着こなせないであろう
白い麻の上下に、ブルーのシャツを合わせて
こざっぱりとまとめていました。
しかも、この方が皆の視線を強烈に引くのは、
その服装のせいではなかったのです。
彼自身から輝くように溢れ出る若さと
素直に伝わる年齢以上の品格の良さのためでした。
これは誰の目にも、実に明らかでした。

乗客全員から一斉に浴びた視線にたじろぐように、
一寸、彼は立ち止まり、やがて私からは見えない
背後のずっと奥の座席に座るようです。

次の瞬間、私の目線の方向に座っていた
20歳前後のドイツ人の女性数人が
さっと頬を紅潮させて肘をつつき合わせたのです。
「ちょっと!ね、早く彼を見て!」
「…なんて素敵!」
深い感動を伴って、喉の奥から搾り出すように
そう、小さくささやいたのです。
その向こうの座席の30代、40代の男女も
半身を乗り出したいのをぐっとこらえながら、
それ以上の年齢の男女の乗客も眼鏡をそっとゆすって
彼が歩む方向にじっと目線を向けています。

走り続ける電車の中は皆、座ったまま無言です。
でも、「彼は一体、どこの国の誰だろう?」
そんな好奇心も加わりながら、
誰もが魅了される素晴しい輝きに溢れる若者を
たった今、目にした、この共通の感動が
どんどん膨れ上がるのがお互いによく分るのです。
そして、向かいに座っていた女性がすうっと
私に目線を合わせて、
無言の目の奥で確かにこう言ったのです、
「本当に素敵なアジア人男性ね」。
おそらく3世代以上、
国の内外での生活経験を積み上げた
アジア人家系のごく一般の方かと思われました。


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2007年5月23日(水)

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