伏見緑さんが語る「あなたの知らないドイツ」

第143回
「世界の」常識に取り囲まれると…

世界の中でも、
かなり特殊な環境の島国に居たらしい…
もしかしたら、
ガラパコス諸島に住む大きな爬虫類や、
オーストラリアの珍しい有袋類の姿に
感動している場合ではないのかもしれない…
などということが嫌というほど
分かってくるのは、
日本の国を一歩、後にしてからです。

たったの一歩だけ国を出ると
否が応でも取り囲まれるのは、
「日本の」、ではなく「世界の」常識の中です。
そんな常識の一端にちょっとでも
関わるようになると
生まれて初めて頭をぶつける壁があります。

一番大きな壁は、他人様に
「上手にモノが言えない」ことです。
欧米人であれ、アジア人であれ、
ドイツに居る周りの皆は、モノ言うのに臆せず、
幼い子どもであっても、
素晴らしくハッキリとしていて手慣れています。
語学力ではなく、モノを言う意思力が明快です。

でも、私は恥ずかしながら
「上手にモノが言えません!」と気が付いたとき
なぜ、幼くして日本の国の中に居るときから、
積極的に訓練してこなかったのだろう、と
反省と同時に不思議にも思ったのです。
「日本の中ではその必要がなかったから、
私は上手にモノが言えません」では、
大のオトナが今更、
周囲に通用させる言い訳にはなりません。

「文句を言う」のと「モノを言う」のは違うものです。
文句は口から出せば、ひとまず気が収まるものですが、
文句だけでは、最後に自分に一番良い
結論までは導きだせません。
「モノを言う」には、結論に導くまでの間に、
自分の言い分を言い、
相手の言い分も聞くという作業があります。
質問したり、反論したり、同意したりなど、
これを根気強く続ける
コミュニケーションの力が要ります。

知らないうちに身体に染み付いてしまった
「モノを言えぬ島国根性」ってこれだろうな、
と気づいても大抵、後の祭り。
もたもたしているうちに、
相手に有利な結論が先に出てしまい、
悔しい思いだけが残ります。


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2007年10月3日(水)

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