伏見緑さんが語る「あなたの知らないドイツ」

第184回
木綿はとても貴重品!

アジア人にとっては、
毎日の暮らしの身近なところにある「木綿」。
ドイツなど欧州の北国ではとても貴重品です。
え、そんなに?と驚かれるかもしれませんね。
今では、ドイツの日常風景にも、
真っ白な木綿のテーブルクロスや
皆が着ているTシャツ、タオルやシーツなど、
安価で当たり前のように豊富にあります。
とても特別な存在とは見えないかもしれません。

しかし、この厳しい寒さと日照の乏しい日が
1年の半分も占めるのを経験すれば、
温暖で豊かな太陽の光が、
いかに「アジアの貴重な恵み」であったことかと
気が付かないではいられないのです。
木綿の生育もその恵みの1つ。
日本での栽培北限が福島県あたりだそうです。
ドイツ国土大半は北緯50度を越えているので、
北海道よりもずっと北側にあります。
ドイツはどう見ても木綿栽培には向いていません。

マルコ・ポーロがアジアへ行ったというのは13世紀。
以後、寒い国ではどうしても作れなかったものが
欧州にとっては、貴重な貿易輸入品となりました。
欧州がアジアを植民地として先を争った時代、
絹織物や香辛料、お茶、天然ゴム…
そして、木綿も輸入品の1つでした。

今では、羽毛や羊毛の掛け布団が
欧風化の波に乗った日本でも使われるようになりました。
一方、欧州では、布団に真綿を入れたくとも貴重品。
掛け布団を作るには、羊の毛やガチョウの羽を
どうしても使わざるを得なかったのです。
今でもよく使われるのは、化繊の合成綿で
真綿の布団は、ここではあまり見かけません。

そして、天然植物繊維を得るのが難しければ難しいほど、
19世紀の化学繊維登場の時代には、
ヤッタ!化学の力があれば、生き延びられる!
ドイツという国がどれほど勢い込んだことか。
原油を確保するのが上手なオランダは、
ライン川の河口にあります。
原料や商品を運ぶに便利なライン川。
このライン川のほとりには、国家の意地を掛けて
化学工場を建てまくった、
近代ドイツの歴史の残影が今も多く残っています。


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2008年1月7日(月)

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