石原新さんが歩む21世紀型日本人ビジネスマンへの道

第83回
あなたにはどうして二人父親がいるの?

私の2番目の男の子は
家族で台湾に移住した2001年に生まれましたから、
彼の年がそのまま我々が台湾で過ごした年数になります。
彼はこの6月で4歳になりますから、
かれこれもう4年ということになりますね。

彼が生まれたのは台北の榮民總醫院、
略称=榮總(ろんつぉん)という、
元は退役軍人病院だったところです。
副総経理の譚(タン)さんの薦めで決めたのですが、
台湾に来て間もなかったのと、お医者さんや看護婦さんたちが
あまり英語を話せそうもなかったので、
診察の際はいつも譚さんに付き添ってもらうハメになりました。
名前を呼ばれると、妊婦の後ろから二人のいい年した男性が
いそいそと付き従って診察室に入っていくので、
看護婦さんがうちのかみさんに、
「あなたの赤ちゃんにはどうして二人父親がいるの?」
と尋ねられた、という笑い話が残りました。

一番目の子の時帝王切開したので二番目も手術が必要となり、
産後も一週間程度入院しなければなりませんでした。
料金表を見てみると日本に比べやけに安いので
怪訝に思ったのですが、
後になってそのナゾが解けました。
なんと、完全看護ではなく
家族が付き添って寝泊りしなくてはならなかったのです。
譚さんにそのことを話すと、
「完全看護って何?」と顔のまわりに
いくつもの?マークがぐるぐるまわっているような反応でした。
台湾人にとっては、付き添うのが当たり前だったのですね。

上の子(当時小学校3年生)の面倒は
日本から来た祖母に見てもらいましたが、
私は仕事があって日中は付き添えないので、
病院からヘルパーさんを紹介してもらいました。
日本語が話せる方でしたので安心でしたが割高でした。

病院では、二人一部屋でしたが、
なれない簡易ベッドになかなか寝つけなかったり、
お隣さんに差し入れされた
ドリアンの臭いで鼻がまがりそうになったり、
はたまた産後は精をつけなければダメだ、
というしきたりに則って贈られた鶏エキスに辟易したり、
来台早々いろいろなことを経験しました。
今となっては懐かしい思い出です。


←前回記事へ

2005年6月1日(水)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ