服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第336回
月見の宴がしてみたい

万太郎を知っていますか。久保田万太郎。
作家で、人情物などを得意としました。
また暮雨の俳号もあって、
数多くの俳句をも残しています。
その万太郎の句に、
手にのせて豆腐きるなり今日の月
というのがある。

手の上で豆腐を切るのは、よくやりますね。
なにも俳句にするほどのことでもない。
でも「今日の月」というのが気になります。
明るい、実に良い月で、灯りをつけなくても、
白い豆腐が切れるほどだ、ということなのでしょう。

万太郎と豆腐に刺激されたわけではありませんが、
月見の宴をしたいなあ、と思っています。
たとえば窓に面した畳の部屋があるといいですね。
たとえ狭くても、人数が少なくてもいいじゃありませんか。
日時を決めて、心の許せる友を呼ぶ。
「月見の宴」ですから
やはり和風が良いかも知れません。
豪華ケンランのごちそうは要りません。
オカラにヒジキ、ナスの漬物・・・。
この日ばかりはお気に入りの日本酒が良いかも知れません。

四五人、五六人で杯をくみ交す。
一応、食べるほうが終ったところで、
灯りを消して、窓を開ける。
今日は月が見えるかなあ。
今日はどんな月なのかなあ。
もし、その気になれば、月を題にして一句詠んでみる。
もちろん上手い下手は関係ありません。
何月何日、誰々と一緒に月を観た、
という印象のほうが大切なのです。
これこそまさに「今日の月」というものでしょう。

本当は「月見の宴」なんてどうでも良いのかも知れません。
でも、よく考えてみると私なども
毎日毎日を実に乱暴に生きている。
いや、ただただ月日に流されるように漠然と生きている。
「今日の日」という意識をしていない。
月並ですが、もっと一日一日を
大切にするような生き方をしなくてはと、反省する。
そのせめてもの罪ほろぼしが、「月見の宴」なのです。
今日を大切に生きることは、
結局自分の人生を大切にするということではないでしょうか。


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2003年9月3日(水)

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