服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第358回
ほんとうに立派な帽子です

むかし銀座に「大徳(ダイトク)」
という帽子屋があったのを覚えていますか。
銀座8丁目、今の博品館の隣にありました。
ひと筆書きの帽子の形がマークで、
高級帽子を扱っていた。
そもそもは唐物屋だったそうです。
明治の頃は舶来洋品店のことを
「唐物屋(とうぶつや)」と呼んだ。
ついでながら博品館はまったく同じ場所と名前で
「勧工場(かんこうば)」であったそうです。
今で言うショッピング・センターでしょうか。

明治の銀座には「タムラ」、「信盛堂」など
数々の帽子屋があったそうですが、
今はすっかり少なくなってしまいました。
たぶん「トラヤ帽子店」くらいのものでしょう。
今でも銀座を歩くと
ついついトラヤの店先をのぞいてしまいます。
買うより素見(ひやか)すほうが多い。
客が少ない時は入って昔話をしただけで帰る。
ところがこの間、
ステキなホムブルグを見つけてしまったのです。

私は帽子好きのほうですが、
生まれてこの方、ホムブルクだけは被ったことがない。
大げさに言えば最後の頂上のような帽子だったのです。
ホムブルグは山高帽を少し崩した感じで、
ツバは全部上にそり上がっているものの、
ヤマには凹みが入っているデザイン。

1889年、英国皇太子(後のエドワード7世)が
ドイツ、ホムブルグの帽子工場を訪れた際、
特別に皇太子のためにデザインしたところから
この名前があります。
そのせいかどうか、ホムブルクは
誰が被っても突然、立派に変身する。
だからこそ私の心の中に抵抗感があったのかも知れません。

この「ビルモア」(カナダ製、25000円)を
たわむれに被ってみると、
ホムブルグへの抵抗感が消えてしまったのです。
「悪くはないじゃないか」という気持になってしまった。
黒、紺、グレー、茶などの色があって、
さて、どうしたものだろうかと今、
腕組みしているところなのです。

誰が被っても必ず立派に見えるホムブルグも
珍しい帽子ですが、
さらに加えてむかしの記憶を
よびさましてくれそうな予感があります。


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2003年9月25日(木)

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