服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第465回
「年輪」の着こなしについて

トレンチ・コートを洗濯に出したことがありますか。
「トレンチ・コートは絶対に洗うな」
という話は聞いたことがあると思います。
このトレンチ・コート伝説はウソかマコトか。

トレンチ・コートが
あまり洗濯にはふさわしくないことは事実です。
基本的にはレイン・コートであり、
洗濯によって多少なりとも
防水効果が落ちるわけですから。
もっとも防水加工自体は再度行うことができます。
でも、実際には洗うか洗わないか、
という点が問題なのではありません。

かつてトレンチ・コートが
軍服であったことを思い出して下さい。
新しいトレンチ・コートは新兵であり、
古いトレンチ・コートは古参兵であった。
どうも私にはこの辺りが、
「トレンチ・コートは絶対に洗うな」神話の
出発点になっているように思われます。

けれども今現在は、
トレンチ・コートを軍服である、
と考える人はまず少ないでしょう。
ましてその新旧によって、
先輩か後輩かを決めようとする人は皆無であります。
しかし今日でも、新しいトレンチ・コートよりは、
着古したもののほうが数倍美しいことに、
変りはありません。
これはトレンチ・コートの「年輪」の問題です。
単に、洗ったか洗わなかったかの問題ではないのです。
ただし、洗濯回数の少ないほうが、
よりいっそうの「年輪」を感じさせる、
ということはあるかも知れませんが。

その意味ではトレンチ・コートは
ジーンズに似ているのかも知れません。
魅力の秘密は「年輪」にあるのです。
この「年輪」ということを、もう少し分析すると、
着る側の落着いた気持と関係があります。
「もうあきるほど長く着ているので、
着ていることを忘れてしまうほどだよ」。
このようなさり気ない心の様子が、
さらにトレンチ・コートを美しく見せてくれるのです。

父君やそのまた父君の
お古のトレンチ・コートが入手できたなら、
それは宝物です。
でも、それを着た時の表情は、
あたかもトレンチ・コートには
あきあきしたようでなければなりません。


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