服飾評論家・出石尚三さんが
男の美学をダンディーに語ります

第515回
スーツの生命(いのち)は上襟にあり

寅さんは好きですか。
姓は車、名は寅次郎という、
あの例の寅さんですね。
山田洋次監督の、人気の映画シリーズ。
この間、あの映画を観ていて、
ひとつ発見をしました。

寅さんの着ている背広、
カラー・クロスが付いていないのです。
いくらなんでもヤブから棒の話ですから、
もう少し落着いて、お話しましょう。
寅さんのスタイルはいつも決っていますね。
細かい格子柄の、ダブルのスーツ。
実はあの柄、「タッタソール・チェック」というのです。
まあ、そんなことはどうでもよろしい。
時に寅さん、背広の襟を立てて着る。
ごくふつうのサラリーマンは、
まずそんなことをしません。
でも寅さん、テキ屋という設定ですから、サマになる。
というよりも、
ほとんどトレードマークと言ってもいいくらい。

たいていの背広にはカラー(上襟)と
ラペル(下襟)があります。
で、寅さんはこの上襟を立てて着る。
上襟にはその補強のために
専用の芯を裏に貼ります。
これが“カラー・クロス”。
もしウソだと思うなら、
ご自分のを見て、確めて下さい。
まず例外なく付いているはずです。

上襟は微妙なカーブを描くところですから、
実に難しい。
難しいけれど、下襟の上で、
何気ない表情を保っていなければならない。
そのかたちを保つための補強が、襟裏で、
カラー・クロスなのです。
どんな洋服屋で、どんな服を仕立てさせたとしても、
必ずカラー・クロスだけは付いてくるはず。

でも、寅さんの背広には襟裏がない。
もっとも必ず襟を立てることが決っている場合には、
視覚的には無いほうが良ろしい。
粋な洋服屋では、目立たない襟裏、
あるいはむしろ目立っても良い襟裏を
意図的に付けることはあります。
けれどもまったく襟裏が無いというのは珍しい。
かなり仕立てに苦労しただろうなあ、と思います。

襟を立てるかどうかはさておき、
上襟が美しく、静かに納まっているスーツは
上質だと考えて、間違いないでしょう。


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