門上 武司

「一杯の珈琲から一皿の満足まで」
  門上武司の食コラム

第64回
手打ち蕎麦 かね井

「手打ち蕎麦 かね井」は京都・西陣にある。
いわゆる京町家の店だ。
まわりにわらびもちで名高い「茶洛」や
新鋭ながら極めて感覚の優れた紙屋「かみ添」などもあり、
蕎麦を食べる前後の楽しみも多い界隈である。

店主の兼井俊生さんは、そば好きが高じて蕎麦屋を始めた人物。
各地の蕎麦を食べ歩き、自ら打つ。
それを繰り返し、ついに職業としての蕎麦屋を選択した。

「自然とそうなったのだと思います。でも到達点はないはず」と。
だから、兼井さんの蕎麦は常に変化し、成長してゆく。
そばがきもそのひとつだ。
食する度に印象が大きく異なる。
つい最近食したものは、蕎麦粉の粒子が粗い。
細やかなのと粗いのが入り交じる。

食感が微妙に違うことで、味わいに奥行きが生まれていた。
「兼井さん、そばがき、かなり変わりましたよね」と投げると
「ホント、作る度に違いますが、
ここのところやや細かくなったのです」との返球。
僕が長い間食していないのであった。
そばがきは粗くなり、再び細やかさを取り戻していたのだ。
その変遷が確実に旨さになっているのが兼井さんの実力である。

荒挽きそばの男性的なこと。

蕎麦の野性的な一面が強調される。
蕎麦に芯があり、そこから大地のエネルギーや
叫びを聞くような感覚を覚えるのであった。
塩を振り、そのままつゆにはつけず手繰る。
まさに蕎麦が荒れた地で生まれた産物だということを実感する。
また適度な細さに打ったかけそば。
熱い出汁の中で懸命に伸びるのを耐えている。
こちらとしては可能な限り火傷も覚悟で早く食べる。
それもこの「かね井」ならではの楽しみである。

世に町家を使う店は多い。
しかしここはその使い方が見事だ。
自然の風を感じさせる。

縁側の使い方、また机の上に並ぶ器、壁に飾られた書など、
どれもが本当に居心地がよく、
ずっと以前からそこにあったような表情で置かれている。

標札も是非とも見て欲しい。
お嬢さんが小学生時代に書いた「兼井俊生」という文字。
プロでは生まれない味わいがある。
それを選ぶ感覚が美しい。


【本日の店舗】
「手打ち蕎麦 かね井」
 京都市北区紫野東藤ノ森町11-1
 075-441-8283


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2011年9月16日(金)

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