死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第18回
隣に誰を配するかのコツ

先ず両隣のうちの片一方には必ず旧知の人を置く。
といって証券会社は証券会社ばかり、
医者は医者ばかり、
文士の隣がまた文士では同業組合の理事会みたいになってしまう。

だから、片一方には知人同士を配するが、
もう一方には、職業は異なるが、
社会的地位でバランスのとれた人、
趣味を同じくする人、商売上、知己になって役に立つ人、
または、かねてから会いたがっていた人をもってくる。

たとえば、元法政大学学長の谷川徹三先生と
元東大教授の脇村義太郎先生は
それぞれ八十五歳と八十歳のご老体であるが、
二人とも美食にかけては驚嘆すべき情熱の持主であり、
私の家の上客でもある。

寒さに向かう折でもあり、
万一、風邪でもひかれてはと思い、
こちらが遠慮を申し上げたが、
お二人とも出席して下さると言う。

このお二人、もともとしょっちゅうご一緒だから、
隣同士で坐ってもらうのは当然として、
谷川先生はいつも「阿川君ー」と言っているから、
谷川先生のもう一方の隣に
阿川弘之夫妻に坐ってもらうのが順当であろう。

阿川さんのもう一方の隣には
龍角散社長の藤井康男博士に坐ってもらう。

藤井さんはストラディバリウスの
バイオリンの愛蔵家であるばかりでなく、
楽団を自分で組織するほどの音キチであるが、
同時に連合艦隊の縮尺模型を何億円もかけてつくり、
自社ビル内に飾ってあるという軍艦マ一チでもある。

藤井さんは阿川さんとは面識がないときいていたが、
この軍艦マニアを『米内光政』や
『山本五十六』の著者の隣に三時間も坐らせたら、
談論風発にならないわけがないだろう。

脇村義太郎先生は、何しろ戦争中、
私が東大に入学した時に、
大内兵衛、有沢広巳の両教授と合わせて
三人が自由主義派の学者として
軍部から追放されたあとだったから、
もうお年もお年だが、
『趣味の価値』というような本も書かれており、
ワインのことからパテックフィリップや
ピアジュの時計のことから、
ロンドンの古本屋のことまで知らないことがないほどの
博覧強記である。

そのお守りは中央公論社社長の
嶋中鵬二夫妻にやってもらうことにしよう。

ソニー会長の盛田昭夫さんと
阿川弘之さんは海軍の時の同僚だし、
阿川さんの長男はソニーで働いているから、
本当は二人を隣同士に坐らせたいところだが、
阿川さんの両サイドとも既にふさがっているから
嶋中夫人の隣に盛田夫人が坐って、
盛田さんの隣に、スーパーマーケットのユニー社長の
西川俊男さんに坐っていただいてはどうだろうか。

スーパーなら、もちろん、ソニーの上得意だし、
盛田さんにとって、左隣が文化関係の人で、
右隣が商売上の人、お向いが昔の軍隊の友達なら
悪いことはないだろう。

また西川さんにとって左隣が商売上の人、
右隣が龍角散の社長なら、
新知識につながるような話題も出てくるのではなかろうか。





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2012年12月9日(日)

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