死に方・辞めかた・別れ方  邱永漢

去り際の美学

第80回
石の上にも三年

したがって会社を辞めたものかどうか、
をサラリーマンが真剣に考えなければならないのは、
定年間近になってからではなくて、
第一の時期は、学校を出て入社して三年目にかかる頃であり、
第二の時期は、仕事にも漸く慣れて
働き盛りに入ろうとしている入社十年から十五年の間であろう。

「石の上にも三年」というように、
僅か三年の辛抱もできない者には
辛抱を要する事業はできそうもない。
かといって、既に不満を抱いて悶々として楽しまない者が、
自分の力で自分の悶悶の情を断ち切れないようでは
先が思いやられる。

三年目は独立の時期ではないかもしれないが、
転職の時期ではある。
これに対して、三十二、三歳から三十七、八歳は、
社会人としてほぼ一人前になったところであるから、
自分の生涯の仕事を選ぶべき時期である。
この時期に、辞める人は辞め、残る人は残るべきであって、
辞める人は自分のやりたいことをやればよいし、
残る人は定年まで同じコースを歩む覚悟をしなければならない。

こうした時期をはずして定年を三年か五年早く切り上げた人は、
定年を切り上げただけのことであるから、
定年後の安定を求めるべきであって、
ここから自分の新しい人生が始まるなどと考えない方がよい。

逆に四十歳前に辞める人は、
自分の人生を自分の手で切りひらこうとする人だから、
その人なりの夢を持った人である。
夢をふくらませてしかるべきであると思う。
あとは、定年までをどうやって無事に勤め上げるか、
できることなら経営陣の仲間に入れてもらえるよう
努力するにこしたことはないが、
その過程においても上へ行けば行くほど責任が重くなるから、
詰腹を切らされる危険は常について回っている。

もっとも詰腹切らされるのは、部下の不始末とか、
担当部門における失策とか、運不運に左右されたり、
能力の及ばぬことも多いから、
冷飯を食わされたり、地方にとばされたりしても
そういう時期は「修行の時期」であるから
「辞める時期」ではない。

「辞める時期」が問題にされるのは、
全日空の社長や三越の社長に見られるように、
一つの企業のトップを極めた男たちの場合に限られる。
したがって、第三の、そして最後の辞め時は、
晩年ということになり、
この時の辞め方が人生の中で最も難しいと言ってよいであろう。





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2012年2月25日(月)

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