タイの国際収支はもともとずっと赤字だったが、資金の流入にあやしげな雲行きがみえはじめたのは九六年からのことであった。バーツ売りの機は少しずつ熟していた。
しかし、卵にしても半熟ぐらいの状態にならないと、一気に茄で卵にはならない。ジョージ・ソロスがそれを狙ったのかどうかはわからないが、ソロスでなくとも、ならず者の投機資金はその辺をうろうろしているから、頃合とみれば、手を出す奴はいくらでもいる。そういう連中はふだんから銀行ともつきあいがあるし、わずかな保証金を積んで、その十倍も、あるいは、それ以上もの投機に従事することができる。じつは銀行も同じ仲間で、もともと為替の売買はその主要商売の一つだから、一緒になって仕掛けることが珍しくない。日本の銀行は、生い立ちからいっても、あまりそうしたやり方には慣れていないが、外国の銀行、とくにアメリカやヨーロッパ、さてはアジアの他の国々の銀行にしても、そうした投機的性格は強いといってよいだろう。
かつてメキシコがそうした投機資金の活躍舞台となって通貨危機に曝されたことがあった。すぐお隣で国家破産が起ったのでは影響が大きすぎるので、このときはアメリカ政府が全力をあげて救済に乗り出した。アメリカの実力をもってすれば、メキシコの通貨を安定させるくらいのことはできないことではない。
しかし、タイやマレーシアやフィリピンとなると、アメリカから遠く離れているし、もともとこれらの国々での高度成長はアメリカにとっても貿易収支を悪化させる潜在的な脅威になっているからそれにガタが来ても対岸の火事くらいにしか受けとられていない。むしろ、いい金儲けのチャンスがきたというくらいにしか思われていないのである。しかし、実際に事が起ってみると、あらためてこれらの国々は通貨投機にはもってこいの条件を備えていることがわかる。自国の産業を守るために、外国企業の導入にはあれこれと条件をつけているのに、逆に短期資金の出入りは自由になっているからである。その点、開放政策後の中国では、海外からの投資にはむろん、業種によるさまざまの制限はあるが、いったん投資された資金は企業が整理清算されないかぎり回収できない仕組みになっている。
また企業に対する貸付金には量的規制があって資本金と同額を超えることができないシステムになっている。いずれも企業の設備資金や運転資金に使われるお金だから、いつでも回収できる性質のお金ではない。
ケ小平の開放宣言以来、この六年間に海外から投じられたこうした資金は資本金分が約二千億ドル、貸付金が約千二百億ドル、合わせて三千二百億ドルにのぼるといわれているが、資本金分は固定したものだし、貸付金にしても、そのなかで動ける部分は多くてせいぜい一割程度のものにすぎない。
株に至っては、外貨で買えるものはB株とH株だけで、もともと外国人や華僑のために発行されたものだから、相場次第で値上がりしたり、値下がりしたりすることはあっても、人民元で発行されたA株の動きには大して影響しない。また発行されている銘柄も株数もまだほんのわずかだから、株を売り浴びせて人民元を米ドルに換える動きにはならないのである。このほか、中国には外貨準備が千四百億ドルほどあり、そのうえ、対米貿易の黒字化が猛烈な勢いですすんでおり、九七年上半期の貿易黒字だけで二百五十億ドルを超えている。
となると、思惑筋に大量に売り浴びせられても、中国政府が香港ドルを守るつもりなら、思い切って米国債を売って香港のペッグ制を守ることはできない相談ではない。
日本では橋本首相が「二千二百億ドルの米国債を売りたい衝動に駆られた」と口に出してみせるのが関の山だが、中国政府なら口に出す前に売っているだろう。いまのところ、米ドルが上がるどころか、人民元のほうがわずかながらも強含んでいるのが現状だから、香港ドル安の仕掛人たちも、そう簡単には目的を果すことができないのである。
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