アメリカが育てた世界の大鬼小鬼
(1997年11月8日執筆  『Voice』98年1月号発表)
どうしてバーツやペソの売り浴びせが成功したかというと、第一に為替が自由化されていて、誰でもいつでも自由に外貨に換えることができるからであり、第二に国内経済の弱体化と輸出の不調によって通貨が弱含みになっていたからである。また資本の投下には難しい条件をつけているのに、短期資金の流入に対しては門戸が大きく開かれていたことがつけ入るスキをあたえたのである。
タイでは、日本国内のコスト・インフレに悩む日本企業が十年ほど前から工場を移転していた。台湾や、続いて韓国からの工場移転も同時に進行していた。これらの工場進出については、現地の同業者に対する影響も考慮に入れて現地資本との合弁をすすめることが多かったが、百パーセント外国資本による投資もまったくないわけではなかった。
どちらにせよ、外資の導入がすすむと、それだけで設備投資や雇用が促進されて好景気に向う。上場されている現地企業に外国から株式投資が行われた場合でも、またそれらの企業にドル建てで融資がなされた場合でも、同じように景気は刺激される。
景気が上昇に向うと、かつて貿易収支が大幅黒字になった日本で土地と株が値上がりしたように、タイでも土地と株に投機資金がなだれ込む。タイの経済はご承知のように、華僑が牛耳っているが、華僑ときたら日本人よりずっとバクチ好きときているから、まともな生産事業に長い時間と労力をかけるよりも、土地買い、株買いに走る傾向が強い。そのために、バンコク中があっという間に建設ブームに酔い痴れ、地価の値上がりが鈍化したあともつい最近まで建築ブームは続いていた。
それが一転してバーツの大暴落と、地価、株価の大暴落に見舞われると、銀行や金融会社は一挙に不良債権の焦げつきで支払い不能に陥った。バンコク銀行のようなタイを代表する大銀行でさえ預金者から預金を引き出されて、金融不安をささやかれたりしている。
さきにもふれたように、タイでは土地の暴落による不良債権のほかに、返済能力のない者にまでイージーに自動車ローンを貸し付けた咎めが出て、ファイナンス会社が軒並みシャッターを下ろす破目に陥ったが、その経過をみると、日本のバブル崩壊の小型版であることが一目でわかる。
日本と違うところといえば、日本が実際に大幅黒字でドルを貯め込み、そのドルを目減りさせられて長期にわたって大損をさせられたのと比べて、国際収支が黒字になるいとまもないままに、設備投資が一巡し、短期間に急激な大暴落に見舞われたことである。
バーツが大暴落をすれば、理論的には輸出には有利になるし、もしかしたら、少し時間をかければ、本格的に輸出がふえてタイの国際収支が黒字になるチャンスがくることも考えられる。しかし、そこに至るまでに、とりあえず企業がピンチに追い込まれる。まずドル建てでお金を借りている企業は返済に大きな負担がかかる。一ドルに対する元利の返済は、いままでは二十六バーツですんだのが四十バーツも五十バーツも必要になると、ドル建てで商売をしている企業にとっては大きな負担になる。サイアム・セメントのような超一流企業でも、五十億ドルのドル建て負債を背負っているそうだから、財務に大きな狂いが生ずると、その重みに耐えられない企業は倒産に追い込まれてしまう。
また外国銀行は産業界がピンチに陥ると、新規の融資に応ずるどころか、いままで貸していた資金の回収に乗り出すから、優良企業でも金繰りに追われるようになる。一般の預金者にしても、タイ系の弱小銀行に預金をしておくと焦げつくかもしれないと心配して、バーツ預金まで自国銀行から外国銀行に移してしまう。某米系銀行では通貨不安になってから預金が倍に急増したと同銀行のバンコク支店長の口から直接聞いている。
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