基軸通貨の弱体化が世界経済を揺すぶる
(1997年11月8日執筆  『Voice』98年1月号発表)
もし世界中の通貨が弱くなってアメリカのドルだけが強くなったら、通貨不安で弱体化した国も、それほどの打撃を受けなかった国も、アメリカ市場をめざして輸出に精を出すことになろう。その先頭に立っているのが日本で、アメリカに対する輸出の拡大でいちばん痛めつけられた日本がバブルのあとには対米輸出で息をついてきたように、中国大陸も台湾も韓国も対米輸出に力を入れるだろうし、タイやマレーシアやフィリピンやインドネシアも同じことに全力をあげるだろう。
もちろん、その前に各国で企業の倒産と淘汰が続出する。通貨の下がった分だけ輸入商品は値上がりをするが、倒産や失業で購買意欲が減退してしまうから、全体として需要は減少し、産業界はデフレで苦しむようになる。デフレの苦しみは日本の企業がこの六、七年経験してきたように長くしぶとくジーンと身にこたえる。政府に何とかしてもらわなければと心は焦るが、政府は無能で効果的な手がまったく打てず、毎日、気の晴れない日が続く。
しかし、金融恐慌の七十年前に比べると、生産力もついているし、社会全体として生活のレベルも上がっているから、何とか餓死はしないですんでいる。こうした状態から立ち直るのに日本でも少なくとも十年はかかると思うが、もっと弱体の国ではおそらくさらに時間がかかることだろう。しかし、どこの国も対米輸出に力を入れるとしたら、アメリカは二年のうちに年間の貿易収支の赤字だけで三千億ドルに達する事態が考えられる。いくらドルを印刷できる立場のアメリカでも、そんなスピードで対外債務がふえるのはガマンできないだろう。自衛上、どうしてもドルの切り下げをしなければならなくなることは目に見えているから、通貨の弱い国で通貨が一通り切り下がったあと、その圧力に耐えられなくなったアメリカが最後に米ドルを切り下げることになる。
何のことはない。タイで始まった通貨安が世界中を通貨安に巻き込み、結局、通貨安の効果が帳消しにされ、その副産物として企業の倒産と、株安や不動産安による資産の目減りと、消費の減退による不景気をあとに残すことになるのである。
アメリカといえども、こうした世界的な経済的大混乱から無事ではいられるわけがない。というよりこの大混乱のそもそもの震源地はアメリカであって、基軸通貨の発行権をもつアメリカが手元不如意になった分を通貨の濫発にたよってやりくりしたことから起ったものである。その第一号の被害者が対米貿易でドルをもっとも大量に稼いだ日本である。ありあまるドルを外貨準備として国内を円の洪水にしたために空前の土地高、株高がもたらされた。やがてそれが頂点に達してバブルの崩壊へとつながっていったのである。
世界中の人々はいちばん金持ちになった日本がなぜ未曾有の不況に陥り、なぜ日本の政府も産業界もその苦境から回復できずにいるのか理解に苦しんでいるが、金本位制を離脱したあと、ずっと頼りにしてきた基軸通貨制の病気を転移されて日本が発病したとみるべきものであろう。
その病床から日本がまだ完全に起き上がれないでいる時点で、バブルはアジア中に転移した。タイやマレーシアに出たのは、いちばん抵抗力の弱いところで発病したようなものだが、ドルの勢力範囲にあってドルがいつでも逃げられるようになった地域では、形勢不利とみたら、通貨という通貨がいっせいに逃げ出そうとする。通貨は産業界を循環する血液のようなものだから、心臓があっても血液がなくなってしまえば、心臓も機能しなくなるし、血液の届かないところは栄養の補給がきかなくて腐乱してしまう。
たまたまそれが日本に次いでタイやマレーシアで発病したが、抵抗力のある国々なら大丈夫かというと、そうもいかない。いわゆるNIES(新興工業国・地域群)の国々のなかでいちばん抵抗力のないのは韓国だから、ウォンの目減りと株価の大暴落は他に先行して始まった。それが他のNIESの地域にも転移して、やがてアジア以外の地域にも及ぶはずである。
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