人民元は円安をガマンできない
(1998年8月3日執筆  『Voice』98年10月号発表)
「人民元を切り下げない」とアメリカに約束して、いまもその約束を守っている中国に対するジャーナリズムの見方は必ずしも同情的なものではない。中国のような経済基盤の弱い国がはたしてそれを守りきれるか、という半分バカにした議論が大勢を占めている。ならば人民元が切り下がることを望んでいるのかというと、中国が人民元を切り下げたらたいへんなことになるくらいのことは誰でも知っている。
アジアを駆けめぐった通貨不安の余波は、対外債務のほとんどない台湾にまで及んでいる。台湾は電光石火の勢いで為替レートを二〇パーセント以上も切り下げたので金利も引き上げないですんだし、株価や地価も大暴落をしないですんだ。それに比べると、通貨不安のボディーブローをくらった東南アジアの国々は、どこも自国通貨が切り下がったうえに二〇パーセントとか三〇パーセントの金利高に見舞われて大混乱におちいっている。
中国にしても本来なら海外から三千二百億ドルほどの投資を受け入れているから、それらの資金にいっせいに逃げられたら、外貨準備が千四百億ドルあったところでひとたまりもない。幸運にも、中国はまだWTO(世界貿易機関)にも加盟していないし、為替が自由化されてもいないから、政府の許可なしに人民元からいっせいにドルに換えられる心配がない。
また海外から投資されたお金はいずれも長期資金で、企業をたたむか、株を肩代りしてもらう以外に海外へ持ち出すことができない。そして、そのうち借入金に相当する分はだいたい千二百億ドル程度だが、その大半には進出企業本社の保証がついている。それも設備投資の一部に流用されたり、運転資金として使われているから、東南アジアの企業が一年期限で借り入れた資金や株式市場で株の売買に投じられてすぐにでも逃げ出せる資金とはわけが違う。
むろん、配当金はいつでも海外に持ち出せるが、配当ができるほど利益を上げている企業なら、配当を持ち帰るよりも再投資に使われる可能性のほうが大きい。したがって海外からの投資のなかで、海外にすぐにでも動けるお金はせいぜい全体の一割程度だし、借入金の大半が動かないとなれば、動けるお金も動かなくなるから、中国は他の東南アジアの国々のように通貨不安の大波をまともにかぶらないですんでいる。なんとWTOに加盟していなかったことが逆に幸いしたのである。
しかし、為替の自由化されている香港ではそうはいかない。香港はイギリス領だった時分から米ドルに対してペッグ制をとり、一米ドル当り七・八香港ドルで固定されてきたが、アジア中で現地通貨が売り浴びせられるようになると、高波はたちまち香港にまで及んだ。もし九七年十月の時点でペッグ制から離脱しておれば、おそらく香港ドルは米ドルに対して十ドルから十一ドルのあいだくらいに動いていただろう。
もちろん、北京の意向もあってのことだが、香港は平価を切り下げる代りにペッグ制を維持することに固執した。そのためにドル買いに敢然と売り向い、同時に金利を引き上げてドル買いに資金を融通した銀行に対しては三〇〇パーセントという罰金的性格の高金利を課して、その決意のほどを示した。
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