おかげでなんとか苦境は切り抜けたが、香港ドルの割高と金利高が目立つようになって、株価も不動産の価格も大暴落をしたし、観光客の足もすっかり遠のいて一転して不況の様相を呈するようになってしまった。平価を切り下げなかったことに対する怨嗟の声はいまも香港中にうずまいているし、はたしてこのままでペッグ制を維持できるのか、と疑問を投げかける議論が新聞紙上を賑わしている。
北京政府が香港のペッグ制に固執したのは、香港の国際金融センターとしての地位を考慮したうえでのことである。いまの中国にとって経済成長は最優先の課題であり、そのための資金調達は、国内的には上海だが、外貨ということになると香港をおいてほかに考えられない。とくに国有企業の株式会社化を推進するにあたって資金集めをしようと思えば、香港証券市場ということになる。
過去五年間、香港がその役割をはたしてくれたし、抜群の実績を上げてきた。今後もその重要性は増えることはあっても、減ることはないと考えられている。そのためには通貨を安定させることが第一であるという共通の認識が北京と香港のあいだにある。通貨を切り下げて過去に投資した人たちに損をかければ、新しい資金は寄ってこないだろうという意見が主流を占めたのである。
たまたまそういう共通の認識をもっているところへ、サマーズ米財務副長官が北京へ飛んできた。サマーズも、もし中国が東南アジアの通貨不安に影響されて人民元の切り下げをやると、せっかく小康を取り戻した東南アジアの通貨が再びバランスを崩して収拾のつかないことになってしまうという危機感をもっている。「だから人民元の切り下げはやらないでほしい」というのがサマーズの要請であった。
それはちょうど北京が考えていたこととも一致していたし、アメリカの要請を容れれば、アメリカに恩を売ったことにもなる。とくに期限を切ったわけではないが、中国側は人民元を切り下げないことを承知し、アメリカ側は秋に予定されていたクリントン大統領の中国訪問を早めることによって中国への謝意を表することを約束した。
クリントンの訪中を実現するにあたって相互にさまざまの駆け引きがあった。両首脳が北京で会うことになれば、当然のことながら台湾問題は避けて通れない。聞くところによると、暗礁に乗り上げた中台会談の再開について中国側がアメリカに斡旋をもちかけたところ、アメリカは武力の放棄を前提条件として持ち出した。
それに対して中国側は台湾が独立宣言をしないという保証をアメリカがせよと交換条件を出してきた。その結果がクリントン大統領の「三不宣言」というリップ・サービスになったが、訪中を前にして国務省はアジア担当の前任者たちを台湾に派遣してアメリカの台湾政策に何の変化もないことを通達している。
したがって台湾側は事前に事の成り行きをある程度予想していたが、たとえ条約や覚書にしなくとも、大統領が「台湾の独立には同意しない」と口に出していうと、台湾の将来に対してアメリカの大統領が干渉したことになる。これにはさすがの李登輝総統も「台湾のことについては台湾に相談してほしかった」と声明を出さざるをえなかった。またアメリカでは上下院とも、大統領の発言は行きすぎだとして、従来どおり台湾関係法を守るという決議を出している。この決議には拘束力はないが、要するに米中間にも、また米台間にもクリントンの訪中前と後では何の変りもないことを再確認したことになる。そうはいっても、大統領の中国訪問は一般的に好意的に受けとられており、アメリカと中国の関係は以前にもましていちだんと友好的になったことは確かであろう。
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