第1428回
日本はデフレ先進国になったのです

日本は明治以来、
ずっと欧米の後塵を拝してきたので、
ついつい欧米の国々を自分たちより
一歩先を走る先進国だと思いがちです。
そういう面も確かにありますが、
それぞれの国にそれぞれの歴史があり、
年月をかけて定着した制度や文化があるので、
常識的な判断が常に正しいとは限りません。

工業社会へ進むにあたって
日本が欧米に遅れをとったのは紛れもない事実です。
戦争に敗れて、無一文から出発した時点で、
日本の工業製品が
欧米のコピーからスタートしたことは
日本人自身が認めていることです。
手間賃を稼いでメシを食べるためには
そうする以外に方法がなかったのです。

日本はアジアの一角にある農業国家でしたが、
幸なことに、日本には伝統的な工芸文化あり、
それを支えてきた職人気質がありました。
教育がそうした気質の普及に力を貸したので、
工業化が進む過程で、
日本人のそうした長所が発揮され、
気がついて見たら日本人は
工業社会のトップを走る
チャンピオンになっていたのです。
もしそうでなければ、
日本が工業製品を世界中に売って
世界中のお金を集める富裕国になっているわけもないし、
他の先進国に先んじて工業的過剰生産で
デフレに悩まされるわけもないのです。

農業社会は天候の影響も受けるし、
人口の大きさによって
需要面でもストップがかかります。
ところが、工業社会になると、
土地の面積や天候に全く左右されませんから、
需要さえあえれば、
いくらでも生産を拡大することができます。
生産にストップがかかる唯一のブレーキは
生産が需要をこえることです。
需要をこえて生産が続けば、
滞貸のヤマになるし、
滞貸のヤマになれば物の値段が下がります。
それが特定の分野にだけ起った場合は、
斜陽化というレッテルを貼るだけですみますが、
産業界全体に及べば物価全体が下落しますから、
デフレと呼ぶよりほかなくなります。
他の国々に先んじんてこの現象を起した日本は
自分たちの気づかない間に
デフレ先進国になっていたのです。


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