中国株、海外起業、海外投資、グルメ、ファッション、邱永漢の読めば読むほどトクするコラム

第3677回
日本ではデパートの対応が一番早い

私が小説家になることを志望して、
香港から東京へ舞い戻ってきた今から半世紀ほど前、
東京はまだ闇市が賑わっていましたが、
デパートは既にかなり活気を取り戻していました。
でも扱っている商品は、当時としても一流品でしたから、
デパートで物を買うのにはかなり勇気が要りました。

殊にデパートでも値切れる香港から東京に移り住んで、
秋葉原がまだ今日のように整っていない時に、
家具や電気製品を整えようとすると、
デパートに行くよりほかありません。
「日本のデパートは値切れない」、
「値切ったら人に笑われる」ときいていましたが、
思い切って値切って見ました。
衣料品や食料品は値切れませんでしたが、
電気冷蔵庫を値切って見たら奥へ通されて、
確か1万5,000円か、2万円負けてもらったことを
今でも覚えています。

のちにロールス・ロイスの車をはじめて買う時、
ロールス・ロイスの本社では一文も負けてくれないので、
デパートに行って
「おたくでロールス・ロイスを買えませんか」ときいたら、
すぐに本社と交渉してくれ、
2割負けてもらってデパートと半分分けをしたことがあります。
ですから私の場合は
「デパートと鋏は使い様」という印象を今も持っています。

そのデパートに私がはじめて出かけた時、
デパートの2階のほとんど全階を着物売場が占めていました。
日本人は大半がまだキモノを常用していましたし、
戦争中だって食べ物に困ると古いキモノを箪笥から出して
百姓家まで持ち込んで食糧と物々交換をしたものです。
そうした生活習慣を受け継いできた顧客が相手でしたから、
エスカレーターを上がった一番目立つところは
どこのデパートも一番売上げの多い着物売場が
全階を占めていました。

それがいつの間にか、すっかり姿を消して、
婦人服売場に変わってしまったのです。
それを見てもデパートは全くの木偶の坊でないことがわかります。
デパートの方がスーパーより変化に対して鈍感ということは
全くありません。


←前回記事へ

2010年4月4日(日)

次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ