中国株、海外起業、海外投資、グルメ、ファッション、邱永漢の読めば読むほどトクするコラム

第3927回
国際間の価格の格差が次のチャンス

人手不足の尻馬に乗って稼ぎまくったリクルートは
功を急ぎすぎて政界にお金をバラまいたために
一頓挫してしまいましたが、
次にチャンスに恵まれたのは、国際化の時代に入って、
国と国との格差が次第に表面化してきたので、
その格差をうまく利用したビジネスに成功した人になるだとうと
私は睨みました。

その先頭を走りはじめたのはブラジルで一ぺん失敗したけれど、
それに懲りずにシンガポールでスーパーをひらくことに成功した
八百半でした。
私は日本の工業がコストインフレのために
国内で生産することが難しくなり、
やがて東南アジアに進出する時代が来るだろうと考えて、
何回もシンガポールを訪れ、八百半の店をしばしば訪れていたので、
八百半が香港に店を出すようになると、
社長の和田一夫さんとも近づきになり、
台湾に店を出すならお手伝いしましょうと言って、
台中と桃園の店のビルの建設をやったことがあります。

和田さんは時代の先端を行く仕事に手を染め、
時代の寵児として一時期ジャーナリズムにもてはやされましたが、
中国本土から受け入れられるようになると、
功を急ぎすぎて人材と資金が開発のスピードに追いつかなくなり、
あッという間に破産の憂目を見てしまいました。
そのとばっちりを受けて、私は台湾の不動産と香港の八百半の投資で
83億円も損をしてしまいましたが、
それにも懲りず続けて中国大陸で
ショッピング・センターの建設に力を入れたので、
成都市のイトーヨーカ堂と伊勢丹の大家になり、
最近、日本国中で知らぬ者がない
反日抗日デモの対象になってしまいました。
デモの対象になったということは、とりもなおさず中国に進出した
最も成功した日本企業の代表である
ショッピング・センターの建設にかかわったことになります。

そうは言っても、私は家賃をもらっているだけですから、
成功者の仲間には入りませんが、
時代の先端を行く企業の建設にかかわったことにはなります。
でも国際化時代の国際格差をまともに味わったトップは
もちろん私ではありません。


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2010年12月10日(金)

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