「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第27回
トロける穴子は 愚の骨頂

今は昔、根岸の里に「高勢」なる鮨処ありき。
瓦葺きの立派な日本家屋だったが、
不動産や株式の投資がたたり、
バブルの崩壊とともに暖簾をたたむ憂き目を見る。

あとを継いだ先代の息子が浅草に移り、
観音裏の言問通りで「新高勢」を名乗っていたのが
‘04年秋、晴れて「高勢」の名跡を継ぐこととなった。
根岸時代を知るものとして、なんだかホッとした。
かなり高価な店ながら、豊富なつまみに加えて
江戸前シゴトをつらぬいたにぎりをにぎる優良店だ。

その親方の一番弟子が独立して開いたのが「橋口」。
雷門前の「並木藪蕎麦」の裏手あたりに
竹笹を配した涼やかな居住まいを見せている。
近くには真鴨鉄板焼きの「鷹匠寿」、天ぷらの「春日」、
うなぎの「色川」に「初小川」、ロシア料理の「マノス」と
人通りの少ないエリアのわりに、著名な飲食店が多い。
「橋口」と聞けば、紀尾井町の名店「鮨はしぐち」の名が
即座に浮かぶが、両者はまったくの無関係。

最近無理やり引き込まれた小唄の仲間と連れ立って
稽古帰りに、およそ1年半ぶりに伺うと
見覚えのあるつけ台は、変わらぬままの清潔さ。
「さぁ、鮨を食べるぞ!」――という気にさせてくれる。

ビールのあとは、鹿児島の芋焼酎「佐藤黒」のロックを。
幕開けに、真子がれいとそのエンガワと蒸しあわび。
次のあおりいかのエンペラは生で、ゲソは焼いてもらった。
のどぐろ(赤むつ)を刺身でやり、北海縞海老、
瓶詰めの粒雲丹、平貝のにんにくソテーと継いでゆく。
思いつきでエンペラに粒雲丹を合わせてみたら、
これが相性の妙を存分に発揮した。
子を抱えた縞海老の旨み・甘みも甘海老の比ではない。

にぎりは、小肌・いわし・黒みる貝・赤貝・
赤身・づけ・中とろ・穴子×2の計9カン。
ほどよく熟成した本まぐろの赤身がすばらしい。
当然、づけもマズいわけがない。
酸味・滋味・コク味、三拍子揃っている。
同じまぐろからサク取りされた
中とろも最大級の美味しさだ。

そしてこの夜のベストがクローザーの穴子。
煮つめでやれば、パンチのある酢めしと
一瞬にしてシンクロナイズする。
すかさず今度は煮切りでもう1カン。
久々に力強い穴子のにぎりに遭遇して喜色満面。
柔らかく煮揚げた穴子を自慢する鮨屋ばかりの今日この頃、
こういうシゴトに出会うと、歓びもひとしおだ。
赤ん坊の離乳食でもあるまいし、
口でトロける穴子など、こちらのほうから願い下げ。
この店の酢めしは、まさに穴子のためにある


←前回記事へ 2006年8月8日(火) 次回記事へ→
過去記事へ 中国株 起業 投資情報コラム「ハイハイQさんQさんデス」
ホーム
最新記事へ