「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第152回
尾張名古屋の鰻騒動 (その2)

ビールがほぼカラになる頃に
主役の櫃まぶしが現れた。
薬味は粉わさびとさらしねぎ。
粉わさびは仕方ないのかもしれない。
有名な熱田神宮の「蓬莱軒」でさえ
ニセわさびだったもの。
だが、茶漬け用に運ばれたのは
煎茶ではなく、お出汁であった。

ことここに及んで
この店は自分が選んだ「いば昇」にあらじと確信。
しかも吸いものにはうなぎの肝の姿なく、
小海老なんぞが1尾泳いでいるではないか。
「ダメだ、こりゃ!」
真っ当なうなぎ屋がこんなことをするハズがない。

はて、どうしたものか。
「誤訪」してしまった店で
このままお茶を濁していてよいものか。
心に決めた店を放っておいて後悔しないものなのか。
いずれにしろ、みなを引き連れての
大移動は所詮できない相談だ。
To go, or not to go: that is the question.

悩めるハムレットはここで決断を下す。
軽く1膳いただいた櫃まぶしの残りは一同に託し、
独り本命の「いば昇」に向かった。
それにしても「いば昇本店」のHPは一体何なのだ。
写真をフルに活用した道案内で
無知な客をおびき寄せる商法はあまりに卑劣。
名店にあるまじき行為を見抜けず、
うっかり策略にハマったわれわれも
人間だからこうして無事でいられるが、
サカナだったら毛鉤(けばり)で釣られ、
哀れにもお陀仏となるべきところだった。
第一、方向音痴のK石にナビなど土台ムリ。
まったくやり慣れないことをさせて
ロクなことがあった験しはない。

ニセモノからホンモノまでは徒歩6〜7分。
そうそうここここ、この店構えには見覚えがあるぞ。
看板には「五代目 うなぎ いば昇」とあった。
通りの反対側から佇まいをじっくり眺めると
「いば昇本店」とは風格が違い、気品さえ漂っている。

暖簾をくぐると、そこには昭和の匂いが立ち込めていた。
まるで小津安二郎の世界に飛び込んだかのようだ。
「初心を貫徹してよかった!」――心地よい満足感。
入り口近くに帳場が据えられ、
テーブル席、小上がり、再びテーブル席と続き、
ここから臨める小さな中庭には山茶花が蕾をつけていた。
その奥には大小の座敷がいくつか。
2階では大人数の宴席も可能なようだ。

さすがに昼の2軒目のこととて、ビールはあきらめ、
おとなしく櫃まぶしと肝吸いをお願いする。
この空間に身を置くだけで
感じることのできる幸福感にしばし酔う。

          =つづく=

 
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2007年1月30日(火)

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