「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第153回
尾張名古屋の鰻騒動 (その3)

黒塗りの丸いお櫃で、櫃まぶしが登場した。
さらしねぎも丁寧に刻まれている。
その脇のわさびを一舐めすると、
「ややっ!」――紛れもない本わさびじゃないか。
名店たるもの、こうでなくっちゃ。
真摯な料理人が愛情を注いだ自分の料理に
ニセわさびなど添えられるものではないのだ。
わさび音痴の友里征耶あたりには
この価値が判ろうハズもなく、
さしずめ「豚に真珠」か「猫に小判」、
あるいは「バカ殿に王冠」といったところか。

肝吸いは先刻の海老入りとは比べものにならない。
腸管だけでなく、立派なレバーも沈んでいる。
出汁の塩梅もけっこうだ。これにはいたく満足。
2切れずつのきゅうりと大根のぬか漬けも上品だ。

櫃まぶしの蓋を開けると
切り海苔を敷いたごはんの上に
庖丁を入れられた蒲焼きが並んでいる。
タレはあっさりめの少なめ。
それを補うため、醤油差しならぬタレ差しが卓上に。
ザッと混ぜて、1膳はそのままいただく。
2膳目は薬味のさらしねぎとわさびを少々あしらう。
さて茶漬けにしようと3膳目に煎茶を注いだ瞬間、
隣りの卓から奇声が発せられた。

お運びの店員さんが下げ物を運ぶ際に
タレ差しをひっくり返してしまったようだ。
客は若いカップルで、たまたま女性のほうが
化粧室に立っている間の出来事。
目の前で目撃した男は不満そうな表情を見せている。
どうやら彼女が残した白いコートに
タレの飛沫が飛んだのらしい。
席に戻った彼女のほうはあらぬ騒ぎに目パチクリ。
このとき、打ち揃って平謝りのお運びグループに
割って入ったのが店の女将さん。
正式というのかどうかは判らぬが、
丁寧な謝罪と年賀用の手ぬぐいだろうか、
それに金一封とおぼしき封筒。なかなかの貫禄だ。

まっ、これで一件落着したわけだが、
驚いたのはこの若い男。
みなの面前でいきなり封を切るやいなや、
封筒に一吹きくれて、中身を覗き込んだのだ。
いまだ熟さぬ愚かな若気のいたりか、
ドライな名古屋人気質なのかは存ぜぬ。
存ぜぬが、間違いや粗相はいつでもどこでも
誰にでも起こりうるもの。
礼節のかけらもない所業と断じざるをえない。

なにやら2時間ほどの間に
いろいろあったランチタイム。
手違いや行き違いのおかげで
貴重な食べくらべをさせてもらった。
ともかく名古屋の櫃まぶしは
「五代目 いば昇」の右に出る者はなし。

名古屋城に向かった仲間たちとはそのまま別れたきり。
夕刻に中日劇場に集合して
いよいよ「あかね空」の始まり、始まり。

         =つづく=

 
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2007年1月31日(水)

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