「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第174回
明治13年創業のすき焼き屋

新橋駅の東側、昭和通りが第一京浜に
連結する地点ですき焼きを商って
120年あまりになる「今朝」。
その間に建て直しはしたが移転はしていない。
はす向かいには、さらに創業220年を誇り、
永井荷風が賛美を惜しまなかった
佃煮の老舗「玉木屋」がやはりずっと
同じ場所で営業を続けている。
こう簡単に綴ってしまうと
とりとめもないが、これは驚くべきことだ。

最初に「今朝」を訪れたのは20年ほど前。
当時はシンガポールに駐在していて
たまたま帰国のおりに食事をした。
その際、シンプルにして存在感あふれる
すき焼き用の鉄鍋がすっかり気に入ってしまい、
買い求めてシンガポールに持ち帰った。
以来、かくも長きに渡ってわが家のすき焼きは
この鍋の中でグツグツ煮られることを運命としている。
もちろん今でも現役なのだが、
すき焼きを食べる機会はめっきりと減ってしまった。
ちょいとばかり寂しくもある。

ビールはスーパードライ、
燗酒は菊正宗、芋焼酎は久耀。
先付け3点盛りのあとに新涼と呼ばれる牛刺し。
舌の上では溶けにくい生の牛肉の脂も
良質の松阪牛となると何の問題もない。
白身魚のすり身、いわゆるはんぺんと蕗の薹と
茄子の揚げものをはさんで、すき焼きがスタート。

勝手気ままに客自身が肉を泳がせることのできる
しゃぶしゃぶと違ってすき焼きの場合は
仲居さんがつきっきりでないと
煮詰まったり、焦げ付かせたり、
不測の事態が頻繁に起こりうるが、
もちろん「今朝」ではそんな手抜かりはない。

鍋が温まったら、牛脂を溶かさずに
いきなり割り下を注ぎ入れるスタイル。
これで他店よりは脂っこさが抑制される。
と言ってもかなり霜の降ったリブロースには
外側にも真っ白い脂肪の層が弧を描いて
見るからにカロリーが高そうだ。

仲居さんの取り分けてくれるままに
最初の1枚を溶き玉子にくぐらせていただく。
以前おジャマしたときの味を
舌が記憶していたのか、割り下に懐かしさを覚えた。
あまり得意としない霜降り肉も
初めのうちは美味しさを感じる。
それでも2枚目からは脂身を外してもらった。
その夜は酒量がそれほどでもないので
ごはんを茶碗に軽く1膳。
豆腐の赤出汁がいかにも
牛鍋屋という感じの濃い味付けだ。

帰りがけ、壁に掛かった1枚の写真に心惹かれる。
撮影されたのは日露戦争開戦間もない明治37年春。
当時木造二階建ての「今朝」の全容が正面から写され、
一階の店先には店主や従業員、二階にはその日の客たち。
10名ほどの帝国軍人も入り混じっている。
みな乃木大将のような軍帽姿、
きっとこのうちの何人かは
二百三高地の露と消えたに違いない。

 
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2007年3月1日(木)

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