「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第210回
「室町砂場」のおかめそば

亡き父親は晩酌の際、食卓に刺身さえ上っていれば
まず文句を言わない人だったが、
亡き母親は食べものにうるさいとまでは言わずとも
舌は相当に敏感な人だった。

母の好物は第一に江戸前鮨。
とりわけ小肌と中とろが好きだった。
鮨好きの反動からか、同様に好物の天ぷらは逆に
海老やきすなどの魚介類よりも
精進揚げを好んで食べていたように思う。

彼女の好物の1つにおかめそばがあった。
かけそばの上に様々な具を並べて
おかめの顔に見立てたものだ。
つゆが油分で濁ってしまう天ぷらそばよりも
澄みきったままのおかめを愛したらしい。

冬場の鍋焼きうどんだけは例外で
大きな海老天が入っていても意に介さなかった。
熱いところを小皿に少量ずつ受けて
ゆっくりと味わっているときの
幸せそうな横顔が今でもまぶたに浮かぶ。

ともあれ、そば屋ではおかめが一番だったようだ。
息子としてその名残りを留めたものかどうか、
まれには、おかめを注文することがある。
そば屋にて穴子の天ぷらや小柱のかき揚げで
酒を飲んだあと、通常はもり1枚といくところを
気まぐれにおかめに浮気をしてしまうのだ。
運ばれたおかめのどんぶりを見つめていると、
母親の笑顔を思い出すのは毎度のこと。
これも仏へのささやかな供養だと勝手に思い込んでいる。

東京にあまたある「藪」・「砂場」・「更科」3系のうち、
もっとも頻繁に利用するそば屋さんは「室町砂場」。
来訪は昼夜を問わないが、夜は浅い時間に
暖簾をしまってしまうから昼どきの訪れが多い。
その代わり、この店では昼から酒を飲む。
不思議なもので年の瀬が近づくと
ここでの昼酒が恋しくなってくる。
多分に気分的なものなのだろうが、
目に見えない何かの働きもあるような気がする。

週初の昼間に訪れた。その日の夜は重い晩餐と
深い晩酌が待っているので昼は軽く済ませる皮算用。
亡きオフクロを偲んで「室町砂場」では
初めての試み、おかめそばを注文。

登場したおかめを一目見て目を見張る。
あれまぁ、何と美しいおかめだろう。
あまりのルックスの良さに心奪われてしまい、
オフクロのことを思い出す余裕とてない。

おかめの顔を形作る構成員の面々は
色鮮やかな車海老、厚切りのかまぼこ2枚、
固く結ばれた湯葉、甘い味付けのだし巻き玉子、
分厚いどんこしいたけ、真四角に切られた焼き海苔、
表面に散ったきざみ三つ葉。
脇には丁寧なさらしねぎとおろし立ての本わさび。
素材の一つひとつが良質なものばかりだ。

「室町砂場」のそばとつゆの美味しさは
日ごろから承知しつくしている。
かくして生涯ベストのおかめそばと相成った。
1度オフクロに食べさせてやりたかったなぁ。
柄にもなく、ちとシンミリとするJ.C.であった。

 
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2007年4月20日(金)

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