「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第334回
パリのベトナム料理店 (その1)=欧州篇

この旅において最悪の食事となった
ディジョンの「Le Grilloure(ル・グリヨール)」。
この店で、おや? と思うことが1つあった。
赤ワインはティエリー・ボーモンのモレ・サン・ドニ・
プルミエ・クリュ・レ・ソルベ’03年を頼んだのだが
その味や香りに不満はまったくない。
気になったのはボトルの裏の小さなラベルに日本語で
ラ・ブルゴーニュ有限会社 神楽坂3−6−5
とあったこと。

この会社の名前と住所にピンときた。
神楽坂のフレンチビストロの
「ラ・メゾン・ド・ラ・ブルゴーニュ」である。
今月中にも出版される
「J.C.オカザワの古き良き東京を食べる」でも
「二百選にもれた有名店」として取り上げた店だ。

おそらくそのビストロ用に出荷すべきところ、
注文の繰り延べかキャンセルがあり、
そのために貯まった在庫を処分したのだろう。
こんな場所で神楽坂のビストロに
出くわすとは夢にも思わなかった。

ディジョンの街を散策後、
フランス国鉄(SNCF)の誇るTGVで一路パリへ。
K石クンを筆頭に、Y子とMりにも初めての花の都だ。
2時間ほどで、パリのリヨン駅に到着した。
駅前のタクシー乗り場は長蛇の列。
これには見切りをつけて
メトロでサン・ラザール駅に向かう。
駅そばのオペラ・サン・ラザールに2泊する予定なのだ。

今からちょうど100年前。
ニューヨークからリヨンに赴任する途中の
永井荷風はパリを経由した際に
われわれとはまったく逆のコースで
この2駅の間を移動している。
船で大西洋を横断して
ル・アーヴルの港に上陸した彼は
そのまま鉄道でサン・ラザール駅に入り、
乗り換えのため、リヨン駅に向かったのである。
2つの駅の姿は当時とほとんど変わっていない。
鉄道駅の普遍性は想像を超えるものがあるが
殊に欧州では、それを実感する。

ホテルで一休み後、ディナーに出発。
この夜はフレンチに疲れた胃腸を休めるために
みなの合意のもと、ベトナム料理と決めてある。
途中、メトロで乗り越して
しばしはぐれたウッカリ者の捜索や
うろ覚えの料理店が見つからなかったりと、
ずいぶん時間を費やすも、大事にはいたらず、
たどり着いたのはカルチェラタンの
「金蓮(Kim Lien)」なるカジュアルな店。

カールスバーグの小瓶をお替わりしながら
オープンテラスにて、にぎやかな遅い夕食となった。
寒いと聞いていたパリはむしろ暑いくらいの陽気。
東京ほど蒸さないので、涼やかな夜風が肌に心地よい。
全員腹ペコにつき、料理はケチケチしないで
多種多彩にガンガン注文していった。

         =つづく=

 
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2007年10月11日(木)

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