「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第385回
開高健がバケツで食べたムール貝 (その1)

ベトナムで生死の境をさまよった挙句に
命からがら帰国した開高健は
その後しばらくは趣味の世界に没頭する。
「食」と「釣り」である。
戦場でのストレスは相当のトラウマになったはずで
心の疵を癒すには恰好のテーマであったろう。

その頃、しばしば訪れていたのが
新橋の料亭街に近いフレンチの「シェ・ルネ」。
フレンチと言っても、食材や調理に
別段こだわるというのではなく、
ごくシンプルなものを供しているだけだ。

メニューも極めて限定されたものばかり。
したがって、そうしょっちゅうは
再訪する気になれない。
ところが、そんなこの店に
多いときで週に3度も顔を見せていたのが
ほかならぬ開高健だ。

目当てはいつもムール貝の白ワイン蒸し。
小ぶりといえどもバケツに入ったのを
2回お替わりしたというから
3杯もやっつけたことになる。
豪放磊落な開高サンの面目躍如だ。

プライスレス・メニューを開くと、
数年前とほとんど変わらぬラインナップ。
考え抜いてこれと決めたら、
その料理は死ぬまで作り続けるぞ!
そんな決意が伝わってくるようだ。
客としてはもう少々ヴァリエイーションが
ほしいところだが、こんな頑固な店もたまにはよい。

いつも通りにトマトのサラダでスタート。
きざんだ玉ねぎとパセリが
スライスされたトマトを飾っている。
酸味の勝ったドレッシングは
赤ワインのヴィネガーを使っているため。
これは取りあえずの一品としては最適。
ビールで乾杯を終えると
すぐに出てくるからだ。

厨房の中にはかなり年配とお見受けするシェフと
ちょいと歳の離れた雇われのスーシェフ。
フロアはシェフの奥さんと娘さん。
中年のリピーターが多いのは
料理の旨さもさることながら
女性陣の心ある接客が大きく寄与している。

酢がピシッと利いた小肌のマリネは
一般的な江戸前の鮨屋のそれよりも〆が強い。
新子・小肌・なかずみ・このしろと
順に出世していく青背の小魚だが
サイズ的には、なかずみくらいで
これも平均的な鮨屋より大きめだ。

赤ワインに切り替える。
ブルゴーニュはニコラ・ポテルの
サヴィニー・レ・ボーヌ・
プルミエ・クリュ’03年レ・ヴェルジュレス。
ふくよかな香りに、なめらかな舌ざわり、
鼻腔に余韻を残して、喉をすべり落ちてゆく。

           =つづく=

 
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2007年12月21日(金)

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