「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第394回
若くもないのに お台場へ出掛けた (その1)

若者のデートスポットとして
いまだに人気があるのかないのか、
よく判らないお台場。
最近はひと頃よりも話題性が
なくなったような気がしないでもない。

そのお台場のホテル日航東京での昼食。
このホテルでの食事は何年ぶりのことだろう。
引き出しのフードダイアリーを開くと
実に5年ぶりのことだった。
記録がなかったら、誰と一緒だったかも
即座には思い浮かばない。

そのときは鮨「橘」でつまんだあと、
にぎりに移行する前に
隣接する天ぷら「吉野」から
めごちと穴子の天ぷらを取り寄せて
日本酒の友とさせてもらった。

鮨・天ぷらともに
一定のレベルをキープはしていた。
ただし、競争相手のあまりいない
お台場だから利用する客もいようが
銀座のホテルだったら
宿泊客以外はまったく望めないだろう。

当日のランチは中華料理の「唐宮」。
こちらは実に6年半ぶりで2度目の訪問。
当時の日航東京ではこの店の水準が
もっとも高いと思われたが、
こんなに長いことご無沙汰してしまっては
それもまったくアテにならない。
そういった意味で、この再訪は
ちょいとした楽しみだったのだ。
「あの店は今」―なのである。

テーブルが3卓置かれた部屋に通された。
相棒は酒を飲まないので、こちらも合わせて
その日は中国茶だけにしておく。
両隣りのテーブルは片方が30代のカップル。
もう片方は50代の両親と娘さんの3人連れ。

耳をダンボにしていたわけではないし、
目をベティちゃんにしていたわけでもない。
それでも両隣りが何を食べているのか
手に取るように判ってしまう。
どちらも数皿楽しめる無難なコース料理。

大人数で訪れたときの宴会料理ならばいざ知らず、
ろくにメニューに目を通さないで
料理人に任せっ放しでは
これだけの高級店で食事を取る意味がない。
今の人たちは老若男女を問わず、
自分たちで献立を決めてゆく楽しみを
初めから放棄してしまっているのが寂しい。

普段通りにジックリとメニューを吟味した。
今朝、家を出る前から心に決めていたのは
広東風活魚の清蒸、その一点のみ。
アズキでも、ネズミでも、赤でも、真でも、
あのサカナが居てくれさえすれば、
と思って、ゆりかもめに乗ったのだった。

            =つづく=

 
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2008年1月4日(金)

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