第407回
この鮨が魅了する!(その1)
東京ミッドタウン近くの「兼定」はJ.C.にとって
五本の指に入る大好きな鮨屋さんである。
界隈の六本木4丁目4〜5番地は
表通りの喧騒とは裏腹に
ひっそりと静まり返っているが
J.C.には思い出深い場所なのである。
金融業界に入った1980年代初頭、
同僚のイギリス人たちと飲み歩いたのがこの一角。
当時としては珍しかった
ワインバーの「ミスター・スタンプス」と
シャンソニエの「ピギャール」には
ちょくちょく顔を出した。
その2軒がいまだに健在なのはうれしい限りだ。
むろんその時代に「兼定」は開業していないが
オープン後もずっと、存在に気がつかなかった。
海外赴任が長く、六本木にご無沙汰だったからだ。
初訪問は6年前の2月。
キリンラガーと桃川の冷酒で
つまみとにぎりを堪能した。
そのときの印象があまりにも衝撃的だったので
いただいたものの全容を記す。
赤字が特筆の逸品となっている。
つまみ:温製真鱈白子ポン酢・めひかり一夜干し・
たこ桜煮・ひらめ・平貝・しゃこ・小肌
にぎり: 酢あじ・春子w/白板昆布・小肌2カン・
蒸しあわび・赤貝・赤貝ひも・ひらめえんがわ・
まぐろ赤身・中とろ・穴子・玉子
ごらんの通り、赤字が乱舞している。
初っ端の白子ポン酢を温製で出すところがニクい。
たらちりの美味しいところを食べているようで
ちょっとトクした気分にさせてくれる。
めひかりも今でこそあちこちで見掛けるようになったが
当時は常磐にでも出向かなければ、ありつけなかった。
刺身ではひらめと平貝が圧巻。
逆に大好物のしゃこに水っぽさを感じた。
その頃はまだ江戸前が揚がっていたはずだが
すでに変調の兆しが表れていたのかもしれない。
小肌は酢の〆加減がほどよく、好みにピッタリ。
にぎりの最初の酢あじで舌がひっくり返る。
青背のひかりモノは絶対に生よりも酢〆だ。
お次の春子鯛にもうなった。
さばのバッテラに使う白板昆布を添えてきたが
この夜はおぼろを仕込んでいなかったようだ。
春子や小肌はおぼろをカマせてにぎると
また違った味わいとなり、風味・風情ともに増す。
続いての小肌で大きくのけぞった。
つまみで食べたときと比べて、旨みが倍増している。
いや、酢めしの力が加わって、三倍増と言ってもよい。
我慢できずにすかさずアンコールして
そのすばらしさに、今度は前のめりにつんのめった。
生まれてこのかた、
一千カンほどの小肌のにぎりを食べてきたが
昭和53年に浅草の「弁天山美家古寿司」で
いただいたものと甲乙つけがたく、まさに双璧。
気がつけば、全身に鳥肌が立っていたのだった。
=つづく=
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