第506回
納得のミシュラン二つ星(その1)
ミシュランガイド東京で二つ星を獲得した「和幸」。
東京を代表する和食の名店だがミシュランによれば
店主はこの屋号を修業時代から温めていたという。
無粋なJ.C.は社会人になって間もない頃、
丸の内線・銀座駅の改札口そばにあった
「とんかつ 和幸」に何度かお世話になった。
そのせいで店名からすぐにとんかつを連想してしまう。
中学の同級生のIアサンと
とんかつ店ではない和食の「和幸」を訪れた。
予約のときに2万円のコースをお願いしてある。
明治通りからちょっと入っただけなのに
界隈は小道が入り組んで
東京の住人でもたやすく到達できないから
外国人は相当に苦労するものと思われる。
風の噂にビールを出さないと聞いたので
ずいぶんと気をもんだが若女将の
「ございます」の一言で
図らずも安堵の吐息をもれる。
銘柄はスーパードライ。
それも意外なことに大瓶であった。
瓶ビールのサイズからも
この店の目指す方向性が見えると言ったら
うがちすぎかもしれないが
「和幸」にはチマチマとしたところがまったくない。
京料理の雅びなどどこ吹く風、
わが道をゆく姿勢がすがすがしい。
江戸の料理はこうでなくっちゃ!
初っ端の一皿が造りだった。
造りと言うよりも刺身と呼ぶにふさわしく
たっぷりと盛られている。
明石の真鯛と壱岐の本まぐろの競演は
さながら皿上の紅白歌合戦の様相。
がっぷり四つの名勝負をさばくとなると
軍配をつかさどる行司役の手にもおのずと力が入る。
おそらく〆られたあと、
半日から一日近くは置かれたのだろう、
死後硬直が解けた真鯛の身肉には
ほどよい歯ざわりと旨みが生まれている。
一方の本まぐろは赤身と中とろの中間感じ。
日本海に分け入ってほどなく、
玄界灘の壱岐島で捕獲されたわけで
色合いと食感から若いまぐろであることが推察される。
体重70キロにも満たないのではなかろうか。
正直言って両者、甲乙つけがたく勝負は引き分けとしたい。
じゅうぶんな量の鯛とまぐろを
これまたたっぷりの本わさびで堪能したが
脇に添えられた水前寺のりとさんご草が珍しい。
水前寺のりは、海苔ではなくて川苔。
熊本特産の寒天質を持つ藻類である。
さんご草は塩水湿地に繁茂する一年草で
秋になると珊瑚のように赤く染まるのがその名の由来。
厚岸で発見されたために
正式名称を厚岸草といい、
北海道東の湖沼群だけに見ることができる。
朝鮮半島では古くから
薬用効果が認められており、
大航海時代の欧州では
船乗りが航海に携帯したという。
=つづく=
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