第573回
前橋は死んでいた(その1)
群馬県の前橋には一度も行ったことがなかった。
関東の県庁所在地で未踏は前橋市だけだった。
これは行ってみなければと思い、
8月某日、日帰りで出掛けてみた。
日本の県庁所在地のうちで
地価が一番安いのが前橋なのだそうだ。
それほどまでにさびれ果てているらしい。
すぐ隣りの高崎には新幹線が走っているから
人も金も物もそちらに流れてしまうのだろう。
日帰りだが遠くはないので普通電車で行った。
途中、ふと思いついて熊谷で下車する。
この町も未踏につき、昼食でもと思ったわけだ。
ところがランチを取ろうにも
駅ビル以外で開いている店がほとんどない。
やっと「富田屋」という日本そば屋を見つけ、
もつ煮込み・たぬきセットというのを食べた。
小さな冷やしたぬきにもつ煮込みとライスと
たくあんが付いてきて、まずくはなかった。
再び電車に乗って前橋の手前の新前橋で降り、歩く。
群馬大橋といったかな、利根川を渡った。
この10日ほど前に潮来で
湖のような利根川を見たばかりだったが
今度は同じ利根川でも渓谷のような急流で
前日の大雨のせいだろうか、水量がハンパではなく、
上から見ていると引き込まれそうで怖いほどだ。
上流でこんなにバカスカ水が流れて
多くの支流からもどっさり水が集まるのなら
河口近くでは湖のように膨れ上がるのも判る。
前橋市内に入って散策するも、見所はまったくない。
それでもあちこちと歩き回って時間はつぶせる。
小さいながらもザブザブと水の流れる
広瀬川のほとりに「ポンチ」なる洋食屋を発見。
何と創業は大正9年である。
外見はじゅうぶんに歴史を感じさせるものであり、
ガラス越しに見た店内も独特の雰囲気をかもす。
当夜のディナーはここに決めて、なおも市内を徘徊。
帰りは前橋駅からなので
下見にトコトコ歩いて行ってみた。
駅舎はまことに巨大ながら
近辺には飲食店が見当たらない。
親切そうな駅員さんに訊いてみると、
やっぱり周りには何もないのだそうだ。
駅で電車が発着し、電車に乗客が乗降するが
ただそれだけで、人々の生活臭がまったくない。
駅の周りは完全に死んでいたのだ。
栃木の宇都宮でも、茨城の水戸でも、
こんなことは全然なかった。
ゴーストタウンは西部劇の映画でおなじみだが
ゴーストステーションってのは初めての経験だ。
市の中心部から30分近くも歩いてきたが
どうやら無駄足だったようだ。
仕方がないからトボトボと
「ポンチ」のある商店街まで引き返す。
「骨折り損のくたびれ儲け」とは
まさにこのことであった。
=つづく=
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