第578回
居酒屋の宝庫・大塚駅前(その1)
JR山手線の池袋の隣り駅・大塚には
都営荒川線も走っている。
駅前にほど近い一角には
質のよい居酒屋や大衆酒場が少なくない。
それも手頃な値段で楽しめる気の置けない店ばかり。
中でも気に入りは焼きとんの「富久晴」。
カウンターだけのごくごく庶民的な店で
炭火で焼かれる小ぶりの串がとてもうまい。
焼き鳥も好きだが、焼きとんはもっと好きだ。
これは子どもの頃から大衆酒場好きの父親に
あちこち連れ回された結果にほかならない。
当時、大衆酒場に焼き鳥なんてなかった。
浅草の八つ目うなぎの向かいの交番の脇から入る
菊水通りにあった「菊水道場」の焼きとんなど、
甘めのタレが子どもにはちょうどよかった。
あの店の焼きとんは小学校三年生から食べている。
「富久晴」のほかのつまみには見るべきものがなく、
ニラのおひたしに卵黄をポトリと落とした
ニラ玉は一種のアイデア商品ながら
いきなり白い粉を振ってくるのだけは
どうか勘弁していただきたい。
それでも焼きとんは飛びっきり。
これがあるからこそ、ついつい足が向く。
軽く飲むのに都合がよく、誰かと近隣で飲むときなど
1時間、いやたとえ30分でも早めに出向き、
串焼きを5〜6本ほど頼んで
冷えたビールを1本空けてから目的地に向かう。
ずいぶん昔のハナシになるが、ある初夏の夕暮れ。
今は故郷の長崎に帰った友人のMクンと
近所の「こなから」で現地集合を約したことがあった。
待ち合わせは確か18時であったかな。
時間の余裕があったので独り、
17時過ぎに「富久晴」の暖簾をくぐる。
早い時間のことで店内には空席のほうが目立つ。
それでも紀州の備長炭が熾った焼き台には
ズラリ10本ほどの串が並んで
それなりの煙りが立ち上っていた。
二軒目の「こなから」では真っ当な料理を
しっかりと食べることになりそうなので
ここ「富久晴」ではかなりセーブしておかないと
あとで胃に負担を掛けることになる。
ビールを頼んでおいて壁の品書きを見上げた。
8種類ある焼きとんはすべて頭の中に
叩き込んであるのだけれど、
壁を見ないと酒場に来た気がしない。
ハツとナンコツを塩、レバとシロをタレでお願いし、
ふと向かいのカウンターを見てビックリ。
何とのちほど会うはずのMクンが今まさに
口にくわえた串を真横に引き抜いたところ。
プッと吹き出しながら、声を掛けるのを思いとどまり、
そのまま黙って観察していたら
1分ほどで向こうもようやく気が付いた。
酒場好きの中年男が大塚に来たら
やることはみな一緒だわ。
=つづく=
【本日の店舗紹介】
「富久晴」
東京都豊島区南大塚2-44-6
03-3947-2980
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