第599回
銀座のはずれのお値打ち天丼
銀座のはずれといっても銀座1丁目。
ただし、かなり東よりで橋を渡れば
新富町という場所に天ぷらの「天朝」がある。
ときどきここの天丼が無性に食べたくなるのだ。
銀座という街は鮨屋の激戦区でありながら
うなぎ屋の過疎地なのでこれといった店があまりない。
その点、天ぷら屋はほどよく散在している。
しかしながら、高級店ばかりが幅を利かせ、
手頃な値段で良質の天ぷらと天丼を
食べさせてくれるところは少ない。
それゆえに「天朝」の存在がありがたい。
真面目で律儀なご夫婦が営んでおり、
突っ張ったところがこれっぽちも見られない。
もともと鮨職人に比べて
天ぷら職人には寡黙な方が多いが
ここの主人も無駄口はまずたたかない。
諸物価値上がりの折、今年のいつ頃だったろうか、
とうとう1500円の天丼が1600円になった。
その天丼は陶器のどんぶりに収まって登場する。
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笑うどんぶり photo by J.C.Okazawa
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蓋が少々開いて、どんぶりが笑っているように見える。
下町のそば屋の天丼は2匹の海老天の尻尾が
どんぶりからはみ出していることが多く、
萩本の欽ちゃんなんかは
ああでないと天丼らしくないと
いつかどこかで言っていた。
この店では穴子が蓋の密閉を防いでいる。
それでは蓋を開けてみよう。
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蓋を開ければ photo by J.C.Okazawa
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コンパクトにまとまっていて
見ているだけで食欲をそそられる。
ごらんの内容はというと、
海老2尾・きす・穴子半尾・
オクラ・小なす半割り・小玉ねぎ半割り。
海老は1尾でよいから、めごちがほしいところだが
穴子の存在が何よりもうれしい。
コロモをカリッと揚げ切って、
ドボンと丼つゆにくぐらせるには
穴子ほどふさわしい天種はないだろう。
脇役のしじみの赤だしがよく、
きゅうりと大根のぬか漬けに
新生姜をあしらった新香もなかなか。
実にバランスのよい昼食といえよう。
銀座の天ぷら屋となれば、
超人気店の「近藤」を始め、
一時期は一世を風靡した「天一本店」、
隠れた老舗の「茂竹」、路地裏の名店「いわ井」、
西麻布から移転してきて久しい「あさぎ」、
高すぎて庶民とは無縁の「京星」に「由松」と
枚挙にいとまがないが、支払いの心配をせずに
安心して繰り出せるのは
やはりこの「天朝」ということになろうか。
【本日の店舗紹介】
「天朝」
東京都中央区銀座1-27-8
03-3564-2833
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