「一歩一歩、おいしさを探して」
J.C.オカザワの脚で綴ったダイアリー

第603回
連隊長が考案した鮨

日々生きていると、様々な偶然に見舞われる。
そんなときにいつも思うのは
これは単なる偶然ではなくて
赤い糸とは言わないまでも
何かしら色の付いた細い糸に
導かれているのでないか、と考える。
神の存在とか、迷信だとかは信じないが
世に中に神がかり的な現象が
起こり得るということは固く信じて疑わない。

先日もそうだった。
帰宅途中に友人と地下鉄のプラットフォームを
歩いていたとき、あご髯を長く伸ばした初老の男性が
前方から歩いてきたので
「ソルジェニーツィンみたいに立派な髯だな」
思わずツレにそうつぶやくと、
相棒は文学的素養がまったくないとみえて
「誰、それ?」ときた。
話の腰を折られて会話はそこで途切れたのが
帰宅後、夕刊に目を通して驚いた。
当のソルジェニーツィンが亡くなっていたのである。

日は変わって今週の月曜日。
北海道産の筋子をいただいたので小口に切り、
日本酒と少量の醤油に漬け込んだのだが
せっかくだからと、その筋子でおむすびを二つ作った。
再放送の「子連れ狼」でも見ながら食べようと思ったが
気が変わって隅田川のテラスに下りた。
おむすびと麦茶と日経の朝刊を携え、まずはテラスを散歩。
ここには安藤(歌川)広重の名所江戸百景の浮世絵が
陶板に写し込まれ、いくつかの石碑となって並んでいる。
傑作の「両国花火」、「大はしあたけの夕立」も含まれている。

適当な場所に腰を下ろし、食事を終えてから
新聞を開いて「アッ!」と声を上げた。
文化欄(最後のページ)に作家の山下柚美さんによる
「五感を揺さぶる私のアート十選」というコラムがあり、
歌川広重「名所江戸百景『浅草田圃酉の町詣』の図が
カラーで掲載されていたのである。
遊女の分身とも言える白い猫が格子越しに
鷲神社に向かう人々の列を眺めている構図であった。
些細なことだが、こういうのは本当に驚きまっせ。

日はまたまた替わり、昼下がりの千代田図書館。
本棚に長谷川伸の日本の仇討ちに関する短編集を見つけ、
未読の作家でもあるし、池波正太郎翁や平岩弓枝さんの
師匠でもあるから、一作読んでおこうと思った。
すると文中から『祥月命日』なる活字が目に飛び込んできた。
意味をよく理解していないので帰宅したら調べてみようと、
その四文字を携帯メールでパソコンに送ったのだった。

一作だけ読み終え、書棚に戻しに行くと、
そのすぐ脇にあったのが嵐山光三郎さん監修による
作家やエッセイストによる鮨にまつわる随筆集。
手に取って各人のサブタイトルを目で追ってゆくと、
俳優・池部良さんの「連隊長の鮨」に興味をそそられた。

さっそくページを開けてびっくり玉手箱。
いきなり『祥月命日』が登場したのである。
話はこうだ。
亡父の祥月命日に奥さんと
谷中の墓地にある池部家の墓に参拝すると、
そこで太平洋戦争時の連隊仲間に偶然、遭遇する。
この戦友は近所で鮨屋を開いていてある日、
たまたま行き倒れ寸前の元上官の連隊長に出会い、
ずいぶんと面倒をみてやるのである。

その後、客足が落ちてつぶれる間際の鮨屋を
救ったのがこの連隊長の発案によるちらし鮨。
何でも酢めしの上に塩辛を並べてから
生モノを敷き詰めてゆくものらしい。
聞いただけで気持ちが悪いが
それをイヤイヤ食べさせられた池部夫妻は
帰宅すると同時に二つあるトイレに
それぞれ駆け込んだんですと――。

 
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2008年10月23日(木)

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